朝日ぐんまって?
朝日フォトコン
コラム 
総局長日記
胸に刻む日付を[8月18日号]

 前橋空襲が起きた8月5日、市中心部の寺で営まれた慰霊行事に参加しました。近くにある比刀根橋脇の慰霊碑と、千羽鶴のかかるモニュメントが以前から気になっていました。住職から、防空壕で亡くなった方、寺の墓地に逃げ込んだ方の逸話を聴きました。焼香を上げる高齢男性が、大きな粒の涙を流していました。
 戦争体験者は年を追うごとに減っています。空襲を語り継ぐための一斉慰霊は、昨夏始まりました。今年は13の寺社や教会で行われ、鐘や太鼓を鳴らし、犠牲者を悼みました。
 体験を時代に刻むのは、メディアにとっても大事な仕事です。被爆者らの体験を取り上げる、朝日新聞長崎版の連載「ナガサキノート」は2008年に始まり、通算3200回余。本になり、証言と足取りを3次元の地図上に再現したサイトもできました(http://t.asahi.com/njn7)
 「3・10」「6・23」「8・6」「8・9」「8・15」……。敗戦時に幼かった私の両親の記憶は食糧難にとどまり、これら犠牲にかかわる日付は、学校や図書館の本、新聞などの報道から学びました。記者になり、体験者に取材する機会を得ました。前橋で「8・5」が加わりました。
 原爆忌、沖縄・慰霊の日ばかりか、終戦記念日もおぼつかない世代が増えています。今年も朝日新聞社は、小中学生向けの教育特集「知る原爆」「知る沖縄戦」をつくり、希望する学校に無償で届けています。10月末まで受け付けています。(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)

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上州日和
オババカ全開[8月18日号]

 最近、私の周りは妊娠&出産ラッシュだ。弊社のルーキー林哲也の奥さん、記者仲間の30代女性、仲の良い40代の女友だち、そして42歳の実妹。7月中旬に前橋市内の病院で第二子を産んだ妹は今、5歳の長男と一緒に里帰り中だ。それまで70代の両親と静かな3人暮らしだったが一転、騒がしい毎日になった。
 「ね〜ね、まだ寝てるの! 早く飛行機してよ」 朝は大抵、5歳の甥っ子に叩き起こされる。眠い目をこすりながら仰向けになり、両足で彼を持ち上げるのが日課になった。体重は20キロ近くあり、バタバタ暴れるので結構しんどい。2〜3回もすればグッタリだ。そんな私を見て、「パワーパワー」とハイタッチしてくる。言うことは聞かないわ、うるさいわでウンザリする時もあるが憎めない。
 一方、生まれたばかりの甥っ子は大人しく、ミルクを飲めばスヤスヤ。だっこしなくてもグズらない。時折見せる笑顔や寝顔は天使そのもの。いつもビービー泣いていた上の子の時と、あまりにも違うのでビックリする。兄弟と言えども性格や個性はバラバラなのだなとしみじみ感じた。まあ、どちらも可愛いことには変わりない。オババカ全開だ。
 甥っ子たちと接する時間は、朝と晩のほんのわずかな間だけ。それでも、彼らは仕事一辺倒だった私に、親になる大変さや育児の楽しさなど色んなことを教えてくれる。妹親子が実家にいるのは今月いっぱい。もうしばらく、「疑似子育て」を満喫したい。(中島美江子)

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