朝日ぐんまって?
朝日フォトコン
コラム 
総局長日記
忘却にあらがう[4月28日号]

 展示作品に向かって両手を合わせ、頭を垂れ、目を閉じて祈る男性客がいました。県立近代美術館(高崎市)の企画展「群馬の美術2017―地域社会における現代美術の居場所」を訪れた時のことです。
 その一角は、終戦まで火薬やダイナマイトを製造していた岩鼻火薬製造所の昔と今をモチーフとした空間。製造中に起きた事故の被害者、出荷された火薬によって殺められた人々、そして忘れられた犠牲者への鎮魂を想起させる作品群が配されています。
 男性が手を合わせていたのは、針が振れ続けるコンパスを多数並べた作品でした。色合いや大きさ、形がキャンドルのよう。空間に身をゆだねるうちに、追悼の念が湧いてきます。
 同館のある県立公園「群馬の森」は、火薬製造所跡地の一部です。「我が国ダイナマイト発祥の地」と刻まれた碑が園内にありますが、戦争遺跡を案内する掲示は見当たりません。
 展示作品近くに置いてあった作者喜多村徹雄さんの「備忘録」やネット情報を頼りに園周りを歩きました。廃虚となった重厚な建物跡、トンネル跡、倒壊しそうな屋根…。戦後72年。建物とともに人々の記憶も朽ちていくのではないか、と作品は問いかけます。
 企画展入り口に、のぼり旗が立っています。青地の布に「わたしはわすれない。」と白抜き文字。園内にある「朝鮮人犠牲者追悼碑」をモチーフにしたほぼ原寸大の造形作品が公開直前に撤去された跡に、作者の白川昌生さんが置いたといいます。戦争の歴史を経て生まれた私たちが学び、記憶し続けるべきことは何か。旗は私たちに問いかけます。(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)

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上州日和
ローカルで暮らすということ[4月28日号]

 高校卒業まで北国・青森で過ごした筆者にとって、群馬という地は想像通りの都会だった。高崎駅、目の前に立ち並ぶ自動改札口を横目に、乗車券に特急券を何枚も握りしめ有人改札を何とか通過。駅の外に出ると、自分の下を人や車が往来していた。「2階建ての駅舎だ」と気が付き、腰を抜かしたことを今でも鮮明に覚えている。
 群馬に来たばかりの頃は、「日本一の利根川がある」「総理大臣を多く輩出している」「有名な温泉がひしめいている」といったことを想像しながら、地元出身の友人らに群馬のことを尋ねると百発百中、「何にもない」と返ってきた。それなのに、郷土愛だけはもの凄く強く、良い意味で違和感があった。 その郷土愛に引っ張られるように、「よそ者・若者・ばか者」の三拍子が揃った筆者は、9年間のローカル暮らしを楽しんで来た。
 途中、ほかの街へ行こうかと考えたことは何度もあった。ただ、全国に轟く突出した何かがないだけで、海と地下鉄以外の大方は何でもそろう群馬の街は、住み心地が本当に良い。
 ローカルで暮らしていたおかげで、「なんにもない」ところから活動を生み出す力を、自然と身に付けられた気がしている。大きな山や川を眺めながら深呼吸でもして、この群馬からどんなことができるのか、脳みそを柔らかく、かつ身体も動かしながらこれからも考え続けていきたい。(竹内躍人)

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