朝日ぐんまって 朝日フォトコンテストコラム

コラム

総局長日記

おかっぱと短髪[9月21日号]

 おかっぱ頭に丸メガネで、エレガントな装い。傍らには猫。そんなイメージが焼き付いている画家藤田嗣治が、短髪に軍服と、まったく逆の姿をした写真に引きつけられました。「没後50年 藤田嗣治展」を10月8日まで開催中の東京都美術館のショップで見つけた本の表紙です。

 明治期の東京に生まれ育ち、大正期に渡仏した藤田は、乳白色の絵肌と細やかな筆の線で描く裸婦像の作品が代表作。欧州で名声を確立しました。けれど戦中に日本で描いた「戦争画」のため戦後、批判を浴びて、パリに移住。2度と帰国しませんでした。

 私が知っていたのは、それぐらい。作品をみたのも裸婦像や少女像、秋田で制作した壁画など少数でした。藤田の画業を通覧する、過去最大級の本展示で初めて、その人生と向き合い、戦争画「アッツ島玉砕」「サイパン島同胞臣節を全うす」も鑑賞しました。

 2枚の戦争画はいまの私にとって、そのタイトル以外は、戦争の悲惨さと愚かさを感じさせました。日本刀を手に力尽きる日本兵の屍。子どもや女性ら非戦闘員を巻き込む自決。圧倒的な画力で苦痛が描かれます。けれど当時の日本では、その「特攻精神」が感動を呼び、戦意を高揚したといいます。

 戦中の朝日新聞紙面を繰ると、藤田らの戦争画完成を写真付きで報じ、展覧会を主催・後援。「文化面の戦争協力」を顕彰し、藤田ら文化人に授賞していたことが分かります。終生描くことに没頭し、戦争画でも芸術性を究めようとした藤田と、熱狂した新聞や人々。その違いは何かと考え続けています。(朝日新聞社前橋総局長 岡本峰子)

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上州日和

教科書とランドセル[9月21日号]

 子どもの授業参観に行く度に、教育現場でのデジタル化が進展していると感じる。黒板ではなくスクリーンを使う。家庭科ではボタン付けをする先生の手元を投影したり、数学ではパソコン上でグラフを動かしながら解説。明瞭で効率の良い授業が展開される。

 実際、教室では教科書を開く機会が減っている気がする。近い将来にはタブレット端末が教科書代わりになるらしい。端末1台を片手に登校する光景は軽快だが、同時に小学生のシンボルであるランドセルも消えてしまうのではと思うと、日本人として寂しい。

 一方で、年々重くなる娘のランドセルの中身には閉口している。例えば国語の教科書。全ページカラー。B5で厚みが1センチ、重さは480グラム、1冊を通年で使うタイプだ。そこにノート、ドリル、資料集などが加わり全体では5キロ超。時には「肩が痛い」「整体に行きたい」と訴える。骨や筋肉への悪影響など健康面で異状が出ないか心配になるほどだ。

 重さの一因は、「脱ゆとり」と騒がれた11年の学習指導要領改定で学習内容が増えたこと。先日、保護者の声を受け文科省が、学校に教科書を置いて帰る「置き勉」を認めるなど子どもの負担軽減を各学校に呼びかけた。

 これで多少は、娘の肩こりも解消されるだろうか。親としては卒業まで元気に通うランドセル姿を見届けたい。教科書の重さも思い出の一つとなりますように。また、整体院へ駆け込まずに済みますように。(上原道子)

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