「作者が書きたいものでもなく、読者が読みたいものでもない。『作者である私が読みたいもの』が一番だと思っています」
累計130万部。八咫烏一族が支配する異世界「山内」を舞台にした大ヒット和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」を手掛ける。大学在学中、松本清張賞を史上最年少で受賞、文壇デビューを果たす。シリ
ーズは7作品が刊行、第1巻「烏に単は似合わない」が漫画化されるなど多方面で注目を集めている。現在、郷里の前橋文学館で「羽の生えた想像力-阿部智里展」が開催されている気鋭作家に、企画展や八咫烏シリーズ、小説への思いを聞いた。
【作品の世界観、見て、感じて】
Q展覧会の話を頂いた時のお気持ちは
声をかけて頂いたのは昨年2月、前橋文学館で萩原朔美館長とトークイベントをご一緒させて頂いた時だと記憶しています。デビュー7年目、しかも著作もそう多くないので、「え、早いな!」と、驚きました(笑)。ただ、中学2年で前橋文学館が主催する「詩のまち前橋若い芽のポエム」の最高賞を頂いた時、「将来、私の作品もここに展示するぞ」という気持ちを抱いていたので、その夢が叶って本当に嬉しいです。
Q出品作品は多岐にわたっています
八咫烏シリーズの校正原稿や物語の構想を書き留めたアイデアノート、キャラクターの切り絵など私の方で出せるものは全てお渡しし、学芸員さんに全体を構成して頂きました。AR映像やスマホを使った体験型展示など、見せ方も色々と工夫して下さり感謝しています。
Qどんなところを見て欲しいですか
八咫烏シリーズの世界観は勿論、一つの作品が出来上がるまでにどれだけ多くの方が携わっているかというところを見て、感じて欲しいですね。また、スタンプラリーは市内8か所を巡り、漫画家の松崎夏未さんが描き下ろしたオリジナルスタンプを集めると素敵な特典も貰えますので展示と一緒に楽しんで下さい。
【作家という職業が天職】
Q小説を書き始めたきっかけは
小学1年の時、家族と見た「しし座流星群」を題材に物語を書いたのが最初です。小学2年で「ハリー・ポッター」シリーズに出会い、「こんな壮大な世界を文章だけで表現できるんだ」と大きな衝撃を受けました。母親から作家という職業を教わり、「私の天職だ!」と(笑)。以来、ブレずに書き続けています。
Q高校2年で松本清張賞に挑戦します
松本清張賞には、日本神話に登場する女神をモチーフにしたファンタジー小説を応募しました。八咫烏シリーズ5巻の「玉依姫」の原形になった作品です。それまで西洋や東洋を舞台としたファンタジーを書いていましたが、いずれも知識不足。必然的にたどり着いたのが、自国を舞台にした和風ファンタジーでした。賞こそ獲れませんでしたが、自作を見つめ直す良いきっかけになり八咫烏シリーズ誕生に繋がったのです。
Q「烏に単は似合わない」で史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞します
大学に入ってから、前回の応募作で脇役だった八咫烏を主人公にした小説を2年かけて書き上げました。清張賞には人生経験が私よりずっと多い人が応募します。自分の武器は何か考え抜き、いかにも女子大生が書きそうな4人のお姫様たちが妻の座を巡って争う物語で勝負しました。大きな賭けでしたが結果、審査員の方々に選んで頂けて良かったです。
【必要なのは、ひらめき、やる気、根気】
Q物語の着想は何から、どのように得ているのでしょう
食事をしている時、テレビを見ている時、歩いている時、いつでもどこでも気になったこと、思いついたことをノートに書き留めていますが、言葉で表現しきれない時は絵でメモしておきます。その作業は、「化石発掘」のようなもの。化石1個掘り出しただけでは、どこのパーツか分からない。そこでもっと掘ると違う化石が見つかる。あ、これは歯で、これは肋骨だと。中にはどうしてもハマらないパーツもあるので除けておくと、違う生き物の化石だったりする。足らないパーツを見つけたり、要らないパーツを捨てながら全体の骨格をイメージしていきます。
Qその過程で作品が出来るのですか
いえ、そこはまだ序の口(苦笑)。出来上がった設定を並べただけでは、ただの年表で作品にはなりません。映画制作と一緒でどこにカメラを置くか、どうカメラを回すかで見え方は全く違います。エンタメとして成立させるには、そこを徹底的に追求しなくてはいけません。小説を書くには「ひらめき、やる気、根気」が必要で、ひらめきは誰でも思い浮かぶし、文章にするまでのやる気も持っている人はいるでしょう。ただ、作品の質に関わってくる根気がなければ、お金を払っても読みたいと思わせるものはできません。書いていて、つまらないと思えば容赦なくボツにするし、納得のいくものが出来るまで、それこそ何回も書き直しますね。
Q八咫烏シリーズ第1部で伝えたかったことは
世継ぎを巡るお姫様たちの争いという最小単位の物語からスタートし、宮中に渦巻く権力闘争や八咫烏と宿敵・大猿との戦闘というように、シリーズの舞台は巻を追うごとに広がりを増していきます。4巻「空棺の烏」までは敢えて一昔前のテーマを描き、6巻でそれを覆すという構成にしました。女性独自の関係性や少年たちの成長など色々書いていますが、それはただの小パーツでしかありません。本当に書きたいことは、6巻を通して読んだときに初めてわかるような形で隠してあるんです。シリーズ全体を通して、大きなテーマを読み取って貰えたら嬉しいですね。
【書きたいものしか書かない】
Q小説を書く上で大切にしていることは
基本、自分の書きたいものしか書きません。「私にはこの世界がこう見えますが、あなたはどうですか?」と小説を通して問いかけています。ただ、独りよがりでは商品になりません。作者が書きたいものでもなく、読者が読みたいものでもない。「作者である私が読みたいもの」が一番だと思っています。
Q現在、シリーズ第2部の一作目を執筆されていますね
当初のプロットをボツにしてしまい、今、新たに書き直している真っ最中です。私ではなく読者の読みたい内容になっていると気付いてしまったので、しょうがないですよね(苦笑)。今、まさに産みの苦しみを味わっていますが、もうそろそろ完成すると思います。
Qこれからの目標は
まずは、シリーズ第2部をきっちり仕上げることです。一方で、八咫烏シリーズ以外の作品もどんどん書いていきたいですね。八咫烏シリーズの阿部智里ではなく、作家・阿部智里にならないといけませんから。それには読んでもらえるもの、売れるものを出し続けていくしかないですね。
Q群馬の皆さんにメッセージを
同郷ということで、熱心に応援して下さる方が多くいらっしゃるので故郷というのは本当にありがたいですね。私の活動を前橋文学館の展示で、新たに知って下さる方もいるでしょう。群馬の皆さんにも喜んでもらえるような作品を一生懸命書き続けたいと思いますので、温かい目で見守って頂けたらうれしいです。
文・撮影 中島美江子