お笑い芸人 ロバート・山本 博 さん

ボクシングデビュー戦勝利

「自分で自分を強くしていくのがボクシング。この1年間は毎日、自分との戦いだった」

 

【プロボクサーとして】

リング上にはお笑い芸人としての山本博ではなく、プロボクサーとしての山本博がいた。
昨年11月26日、東京・後楽園ホール。プロボクシングのデビュー戦となるフェザー級4回戦のリングに上がった山本は試合開始直後からの壮絶な打ち合いの中、左右のパンチを的確にヒットさせてリズムを引き寄せていく。そして、最終ラウンドの4回、ひるんだ相手に猛ラッシュを仕掛けると、頭を下げた相手との間にレフェリーが割って入り4回1分11秒TKO勝利。デビュー戦を鮮やかな勝利で飾った。
ほおをはらした山本は高らかに拳を突き上げて勝利の喜びを表現、1年間にわたる壮絶なトレーニングの成果をリング上で披露した。
「やる以上は勝たなければ意味がないと思っていた。終わった瞬間は、これまでの人生で味わったことがないくらいの喜びがわき上がってきて幸せだった。たぶん、この気持ちは2度と経験することができないと思う」
プロボクシングのライセンスは原則37歳で失効となる。現在36歳の山本にとってこのデビュー戦は、最初で最後の試合だった。

【08年にライセンスを取得】

山本がボクシングジムの門を叩いたのは11年前だった。お笑いトリオ「ロバート」の一員としてブレイクした山本は、不規則な生活を送る毎日だった。当初は運動不足を解消するためのボクシングだったが、ストイックに自分自身を追いこんでいく競技にのめりこんでいく。
そして2008年、2度目の挑戦の末にプロボクシングライセンスを取得。プロボクサーとしてデビューする権利を得たが、お笑い芸人という本業に影響が出る可能性があるため、リングに上がることはなかった。
「テストまではヘッドギアをつけているが、そこから先はヘッドギアを外しての真剣勝負。ピン芸人(一人)で活動していれば自分だけの問題で済むが、3人組だったので万一のときは2人の生活にも影響がでる。仲間に迷惑をかけるわけにはいかなかった」
山本はボクシングジムに通い続けたが、仕事を配慮していたため本格的な活動は避けていた。」

【失効間近に心境の変化】

だがライセンス失効が間近に迫った去年1月。心境の変化が起こった。
「リングに立ちたい」
ボクサーとしてのタイムリミットが近づく状況下、山本の闘争本能に火が付いた。
「36歳になってあらためて自分の人生を考えたときに、このままボクシング人生を終えていいのかと思った。試合をすることで自分か変われるのではないかと考えるようになった」
決心後、生活が一変した。通常、芸人は仕事が終わると、反省会という名目で仲間同士、食事に出かけることが多いというが、その誘いをすべて断った。さらに仕事の合間を縫ってロードワークをスタート、仕事後はボクシングジムに通い、ひたすら腕を磨いた。
「リングに立つ他のボクサーは毎日ジムに通っている。それができなければリングに立つ権利はもらえない。自分でやると決めた以上は、誘惑に負けてはいけないと思った。最初はみんな冷めた目で見ていたが、本気な姿をみせるうちにだんだん応援してくれるようになっていった」
仕事は言い訳にできなかった。芸人の仕事は過酷で、収録などが深夜まで続くこともある。だが、リング上はそんな言い訳が通用する世界ではない。一瞬でも隙をみせれば、その瞬間にパンチを受ける。
「疲れた体でジムに行くと、間違いなくボコボコにされる。リングの上では職業や学歴や肩書は一切関係ない。ただ強いものだけが勝つ、本当にシビアな場所だった」

【目標が自分を変えた】

試合への恐怖感はなかった。ただプレッシャーはあった。「勝つことよりも負けないことを考えた」という。不安要素を練習ですべて克服して当日を迎えた。そして、1年間のトレーニングの末、戦いに勝った。
「この1年間、毎日が自分との戦いだった。練習は手を抜こうと思えばいくらでも楽できる。でも自分に勝つことができるのは自分しかいない。苦しいことや辛いこともあったが、全部自分で乗り越えていかなければいけない。ボクシングは、自分で自分を強くしていくスポーツ。目標を持って努力することで自分が変われるということを知ったのが一番の財産だ」
デビュー戦で勝利した山本は今年9月の誕生日でボクシングライセンスを失う。現在は2戦目を行う予定はない。その代わりにトレーナーとしての勉強を始めているという。ボクサーとして完全燃焼した今、山本には次なる夢がみえてきた。
「ボクシングについてもっと学んで、将来は世界チャンピオンを育てたい」。山本は芸の道を進みながら、もう一つの夢を追っていく。

文/伊藤寿学
写真/高山昌典

【プロフィル】Hiroshi Yamamoto
1978年9月5日 群馬県邑楽郡邑楽町出身 1998年に、秋山竜次、馬場裕之とともにお笑いトリオ「ロバート」を結成。2008年にプロボクシングライセンスを取得、2014年11月にデビュー戦勝利

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