生きる喜び届けたい
「大好きなリストの後期の作品に挑みたい。哲学的で難解な曲が多く誰も弾かないが、だからこそ僕がやる意義がある」
【故郷での演奏は格別】
「ただいま戻りました。また皆様とお会いできうれしいです」 7日、高崎のガトーフェスタハラダエスポワールホールでのコンサート。軽妙なトークと共にリストやショパンなどの名曲を演奏し来場者を多彩な楽曲世界に誘った。同ホールでの公演は昨秋に続き2回目。いずれもチャリティーコンサートで、チケットの売上は全て高崎市に寄付された。「公演の趣旨もアットホームな雰囲気も気に入っています。やはり、生まれ故郷での演奏は格別。恩返しできる機会を与えてもらい光栄ですね」
【リストの教えに「触れる」】
語学学校を営む日本人の父とハンガリー人の母のもと高崎で生まれる。ピアノとの出合いは2歳の時。ハンガリーの音楽家コチシュが弾くピアノ曲CDを毎日聴き、家にあったピアノをおもちゃ代わりにして遊んでいた。「ピアニストになる」と幼心に決め、6歳でハンガリーに単身留学。11歳で名門国立リスト音楽大に飛び級入学を果たす。リスト自身が建てた同校で、その孫弟子から指導を受けリストへの尊敬の念を深めていく。「先生から『リストはこう言っていた』と教えられ本当にすごい人だと実感しました。彼の教えに『触れる』ことが出来たのは留学したからこそ。偉大なピアニストが暮らした地で多くのインスピレーションをもらいました」
16歳で帰国。東京音大付属高校に編入し技術や感性を更に磨いた。
【一人の中に複数の人間】
ハンガリーに10年暮らし帰国から10年。ヨーロッパでは、積極的に意見し自己主張しなければ認められない。一方、日本では言葉で表現するだけでなく周りを察する思いやりが求められる。「自分はなに人で属しているのはどこか」 そんな悩みにとらわれた時期もあったが、今は複数の文化や言語を通して「自分しかできないこと」「自分がすべきこと」を絶えず意識しながら音楽活動にまい進する。「僕にとってクラシック音楽は自国の文化であり異国の文化でもある。主観的と客観的な視点、作品に向き合う時、2つのアプローチが出来るのが強み。一人の中に複数の人間がいるようなものだから葛藤もあるが、思いがけない化学反応も起きるので面白いですね」
【一番の敵は「自分」】
三勇士(みゆじ)は芸名に間違われることも多いが、れっきとした本名。ミュージックとは関係なく、「3番目の子供として勇気ある武士のように育って欲しい」という両親の願いが込められている。名前の通り「最高の音楽」を目指し果敢に戦っているが、その相手は他者ではなく常に己。「ライバルに勝っても自分に負ければ悔しい。逆に周りの人に負けても自分に勝てば次のステップにつながる。結局は『自分との戦い』。一番の敵である自分に打ち勝ち、音楽家として人間として大きくなりたい」
11年のプロデビュー以来、小林研一郎氏や読売日本交響楽団など著名指揮者やオケと共演、海外公演にもソリストとして参加するなど着実に実績を積み上げている。特に記憶に残っている舞台は昨夏来日したハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団との共演。指揮は音楽の道へ導いてくれたコチシュ氏で、演目はリスト「ピアノ協奏曲第1番」。「マエストロと同じ舞台に立てるなんて夢のようでした。どれだけ涙を流したか分からない。何も言わなくても意図することをくんでくれるし、作品や共演者に対する情熱は想像通り熱かった。一生忘れられない公演です」
【何にでもチャレンジ】
尊敬するピアニストは、リストとリヒテル。両者とも幅広いレパートリーを弾きこなし、その作品世界を自分のものとし昇華させた。巨匠たちに倣い、自らも制約を設けず多くの作曲家の作品に貪欲に挑む。その姿勢は私生活でも変わらない。水泳、料理、生け花、お笑い‐趣味は幅広く興味は尽きない。「一度きりの人生、好き嫌いや向き不向きにとらわれずとりあえずやってみる。何にでもチャレンジすることで表現の質と幅が広がると思っていますから」
その言葉通りCDリリースやリサイタルにとどまらず、今春から地上波テレビに出演するなど活躍の場は年々増している。
【クラシックを日本に伝える】
古典派から現代音楽までレパートリーは幅広いが、「ハンガリーで学んだクラシック音楽を日本に伝える」という使命にブレはない。「クラシック音楽は人々にとって不可欠なもの。単にハッピーなだけでなく切なさや悲しみなど色んな感情が詰まっていて、だからこそ聴く人に勇気や感動を与える。これからも多くの人、特に僕たち世代に音楽を通して『生きる喜び』を届けていきたい」
現在、日本を拠点に活動。公演も目白押しで多忙を極めるが、次なる目標は定まっている。「大好きなリストの後期の作品に挑みたい。哲学的で難解な曲が多く誰も弾かないが、だからこそ僕がやる意義がある」 日本人の繊細さとハンガリー人の情熱。サムライ魂を持つ若き新星は、両国の特性を活かし、唯一無二の演奏で「音楽の力」を伝えていく。
文/中島美江子
写真/高山昌典