心掛けたのは「統一感」と
「太いメロディー」
三位一体というか、作曲、編曲、演奏のどれが欠けても成り立たないですね
【満足のいく録音になった】
新島襄の妻・八重を描くNHK大河ドラマ「八重の桜」で音楽を担当。波乱万丈の人生を彩る曲の数々は流麗な旋律とスケール感を合わせ持ち、視聴者の心を捉えて離さない。放映に伴い演奏会などに引っ張りだこだ。先月末にはアーツ前橋で開かれたイベントに登場。ドラマ音楽など十数曲を演奏した。合間には母校での大河ドラマ音楽収録エピソードも披露。「礼拝堂のパイプオルガンを使ったのですが、調律しても微妙に音がズレる。でも、そこが逆に心地良いというか味わい深いというか。僕としては満足のいく録音になった」 美しいピアノソロだけでなく、軽妙なトークで訪れたファンを魅了した。
【色んなことをリセット】
父親は演歌の作曲家、祖父は社交ダンス教室を主宰。タンゴ、ブルース、演歌、ダンスミュージック‐家には音楽があふれていた。5歳からオルガンを習い、新島学園中学高校時代は毎朝、礼拝堂のオルガンの響きと共に讃美歌を歌った。自然と「音楽の道に進みたい」と思い始めるが、父親の猛反対にあう。「厳しさを知っていたからでしょう。すったもんだありましたが僕が高校2年の冬に交通事故に遭いまして。幸い怪我はなく、それを機に許してくれました」
東京の大学やパリの音楽院で作曲を学んだ後、プロとしての活動をスタート。仕事は少しずつ増えていったが数年後、実家に「逃避」する。近所の子供にピアノを教えたりオーケストラ曲を制作しながら2年近く過ごす。「色んなことをリセットしたかったんです。ただこの間、猛烈に音楽を勉強した。鉛筆が握れなくなってもガムテープで固定し曲を書いていたほど(笑)。当時の蓄積は活きていて今振り返れば必要な時間だった」
【音楽は国境を越える】
充電期間を経て仕事を再開。ゴンチチやUA、菊地成孔など多くのアーティストの作・編曲や演奏に携わる一方、ライブ活動やアルバムをリリース。10年に映画「人間失格」の音楽を担当、11年からジェーン・バーキンのワールドツアーに音楽監督・ピアニストとして参加、活躍の場を世界へ広げていく。ツアーは2年に及んだが27カ国約80公演を回る中で再認識したことがある。「よく『音楽は国境を越える』と言われるが僕自身、懐疑的だった。でも、ツアーを通じ音楽は人種や言語を軽々と越え感動や一体感をもたらす力があると実感できた。毎回が刺激的でしたね」
【運命的なものを感じた】
大河ドラマの音楽を依頼されたのは昨年5月、ワールドツアーの真っ最中だった。ドラマ音楽は初めて。新島襄ゆかりの新島学園出身だったこともあり、運命的なものを感じた。オファー後、最初の録音のために2カ月で約50曲を書き上げる。当初、脚本はなくビジュアルブックと各場面を説明した言葉のみ。「捕われるものがない分、自由にイメージできた。とはいえ、常にドラマと音楽との距離感を図りながら制作に励んだ」
パイプオルガンの音色はスタジオではなく母校の礼拝堂で録音することを自ら提案。高校の同級生で同園の湯浅康毅副理事長に相談したところ快諾を得て昨夏収録した。この音が全てに先立つ最初の録音になった。「八重さんにとって新島襄とキリスト教は切っても切れない関係。宗教音楽にしたかった訳ではなくオルガンの響きや讃美歌で彼らの日常を彩りたかった。母校のオルガンを使うことで僕の気持ちも入るし、安中がドラマに深く関わっていることを見る人に伝えられると思ったからです」
【共通メッセージはひたむきさ】
昨夏に続き今年4、8月と3回にわたり音楽を録音、その数は100曲以上に上った。坂本龍一氏が作曲したメーンテーマのモチーフを曲に織り込んだり、激動の人生を際立たせるため物語に敢えてしっかりした旋律を乗せるなど、制作に際し「統一感」「太いメロディー」を意識的に心掛けた。そして、全曲に込めた共通メッセージは「ひたむきさ」。「八重さんはジャンヌ・ダルクのように人々を巻き込みながら前へ前へ力強く進んでいく。それでいてチャーミング。重すぎず、かといって天真爛漫すぎてもいけない。光と影の共存を目指したが、全曲を通して陰影のある世界観を創造できたと自負している」
【2作目に挑戦してみたい】
作曲家、編曲家、ピアニスト‐多彩な顔を持つが全てが密接に重なり結びついている。「三位一体というか作曲、編曲、演奏どれが欠けても成り立たないですね」 仕事で大切にしていることは、「最初に出来たもの」をそのまま出すのではなく綿密に練り上げた完成形を創った上でベストのものを選ぶようにしている。結果的に最初のものが良かったとしても、その過程が音楽的な深度やアイディア、構成力を高めるからだ。その姿勢は大河の現場でも揺るがなかった。
今夏、大河が一段落したが1年がかりの仕事は作曲への自信や多くの人に聴いてもらえる機会、オーケストレーションの実験の場など多くの糧をもたらした。「本当に楽しかったし自分にとって大きなプラスになった。チャンスがあれば2作目の大河に挑戦してみたい。嘘じゃないです(笑)」 現在、ツアー準備やアルバム制作に取り組むが、19日には母校の礼拝堂で開かれる「新島襄生誕170年記念祭」に出演。豊かな感性を育んでくれたオルガンで八重の人生をドラマチックに奏でる。
文:中島 美江子
写真:木暮伸也
〜中島ノブユキさんへ10の質問〜
ピアノ以外の楽器を弾きたい
—群馬のお気に入りは
焼きまんじゅう。子供の頃、縁日で食べた味は未だに忘れられません。まさにソウルフードです。東京でもたまに買って食べるのですが、何かがちょっと違う(苦笑)。
—最近、うれしかったことは
「アーツ前橋」でコンサートが出来たこと=写真上。群馬での演奏会は3年ぶりだったので、うれしかったです。音楽専門ホールではありませんが、音の響きも良く気持ち良く弾けました。機会があれば、また演奏したいですね。
—尊敬する音楽家は?
オーストリアの作曲家アルバン・ベルク(1885〜1935年)。無調音楽、12音技法を創始した20世紀の代表的作曲家シェーンベルクの弟子です。もちろん師匠のシェーンベルクも素晴らしいですが彼の作品はあまりにもクール。一方、アルバン・ベルクの音楽は非常に構築的に作られているにもかかわらず抒情的でロマンティック。そこが好きですね。
—好きな食べ物飲み物
お蕎麦。これから新そばの季節なので楽しみです。飲み物は毎朝、自分で淹れるコーヒー。
—「八重の桜」のイチオシ曲は
どれも結構、気に入っています(笑)。強いて言えば「義」と「八重新たなる決意」。特に「義」は、あまり話題になっていないのですが個人的には思い入れが強く良い曲だと自負しています。評判が良いのは「輝かしい未来へのエール」。母校・新島学園のオルガンで録音したバージョンは、11月発売の「八重の桜 オリジナルサウンドトラック第3弾」に収録されます。
—リフレッシュ法は
シンプルですがお風呂に入ることでしょうか。温泉に行きたいけれど、なかなか行けません。
—愛用の五線紙は
母校・日本大学芸術学部のオリジナル五線紙。書き心地が良くて学生時代からずっと愛用しています。大河ドラマ「八重の桜」も映画「人間失格」の曲を作る時も使いました=写真下。ちなみに鉛筆はハイユニのB。書き心地はもちろん、どこでも手に入る手軽さが気に入っています。
—習慣は
毎朝、豆から挽いてコーヒーを淹れること。飽きっぽい性格ですが、これだけは何年も続けています。
—今、やりたいことは
ピアノ以外の楽器を弾きたい。特にチェロに興味があります。
—趣味は
映画鑑賞。邦画洋画どちらも良く観ます。一番好きなのはベルナルド・ベルトルッチ監督の「1900年」。5時間以上の大作ですが全く長さを感じさせない。まさに、大河のような作品です。