壁の向こうで [壁に閉ざされた世界で暮らす人類と、人間を食べる巨人たちとの戦いを描く漫画「進撃の巨人」が…]

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壁に閉ざされた世界で暮らす人類と、人間を食べる巨人たちとの戦いを描く漫画「進撃の巨人」が、11年半の長期連載の末に完結しました。電子書籍を含む単行本の累計発行部数は全世界で1億部以上といいます。

2月の国際面「特派員メモ」では、パレスチナのガザ地区を訪ねた記者が昨年末、若者たちに最近の流行を聞くと、アニメ「アタック・オン・タイタン」と返ってきた、とありました。「進撃の巨人」の英語名です。「だって壁の中で戦う話なんだよ。色々と似てるんだ」

〈なるほど、イスラエルが建てた高いコンクリートの壁に閉じ込められて暮らす、そんなガザ地区での日々を思わせるというわけだ〉。「メモ」は壮大な物語が描く人間ドラマに、壁を挟んで長く対立するパレスチナやイスラエルの現実を重ねます。〈「壁」という共通点は一例に過ぎなかった。人と人が憎しみ争う不条理、命を懸けて戦う葛藤、正義とは絶対なのかという揺らぎ――〉。

そのイスラエル軍とガザ地区の武装勢力との暴力の応酬が激しさを増し、ガザ地区では大勢の子どもたちが犠牲になっています。勧善懲悪では論じられない複雑で深刻な構図ながら、すべてを奪われるのは最も弱い人たち。残された人の憎しみは果てしない暴力の連鎖になってしまいます。

双方に独自のパイプがある日本だって事態の打開に一役買えるはず。なのに――。率先して仲介に乗り出す「平和国家」としての気概も姿勢も皆無の現状に、やるせない思いばかりです。

(朝日新聞社前橋総局長 本田 直人)

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