20世紀最大のピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル(1915〜1997)が今年生誕100年を迎えている。神経質でキャンセル魔、演奏曲は当日発表、舞台の灯りは手もとを照らすのみなど、数々の逸話が残る巨匠は生前に3回高崎でも弾いている。
その2度目の公演の模様を、カナダの小さなレコード会社のCDで聴くことができる。86年10月の群馬音楽センター、収録曲はブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」。この空気感がすごい。地の底から湧きあがるような強靭な打鍵、目くるめく織りなされる繊細な表現、時に沈黙。末尾に収録された拍手から、この晩の満場の熱狂ぶりが伺える。
ところで高崎市文化会館に「リヒテル・ピアノ」と呼ばれるピアノがある。これは最後の来日公演となった94年2月、同会館でのリサイタルに合わせて納入されたもので、リヒテルが絶対的な信頼を置いていたヤマハ社製の当時の最高機種である。この晩の選曲はグリーグの小曲集。巨匠の鍵盤の静謐な余韻が会場を包む慈しみあふれた演奏だったと聞く。
毎秋恒例のリサイタルシリーズ「高崎五夜」が今月27日から始まる。シリーズ第2夜(11月11日)に登場するセルゲイ・カスプロフは、リヒテル国際コンクールでも入賞歴があるロシア人ピアニスト。初来日で、高崎のステージが日本デビューとなる。彼のために、ヤマハ社の最新機種のレンタルを手配した。思い描くのはリヒテルのあの2晩の空気感。何より心強いのは、この街のホールに訪れるお客さまが、当時と変わらない心意気を現在につないでいることである。