都市風景に向けた竣介の視点、桐生の街に重ねて
松本竣介(1912~48年)の没後70年を記念して企画されたこの展覧会シリーズは、昨年10月から「アトリエの時間」「読書の時間」「子どもの時間」と続けてまいりました。今回の「街歩きの時間」で最終章となります。この会期中には、クラウドファンディングによって実現した松本竣介のアトリエ再見プロジェクトもあわせてご覧いただけます。
本展では、松本竣介が描いた都会風景の代表作を紹介しています。いずれも竣介が暮らした昭和戦前、戦後の東京など、多彩な都会のイメージが展開されています。岩手県盛岡から上京し、その生活の場である東京を、太く平たい輪郭線でとらえ描き始めた時代から、繊細な線描が交錯して一篇の詩のような情感をたずさえたモンタージュ風な都会風景、やがて戦時下は、都市の一偶を硬質なマチエールによって描いた建物が描かれるようになりました。暗転してゆく時代のなかにあって、東京という街の行く末、建物のゆるぎない量感に向き合い続け、描きつくそうした松本竣介の魅力に迫ります。
ここに紹介した「Y市の橋」は、戦中から戦後、竣介がたびたび描いたモチーフです。油彩画のみならず数多くのスケッチも残されています。夕暮れ時でしょうか。幾種もの堅牢な鉄骨の質感のなかに象られた、中央の黒いシルエットは、あたかも銃後で独り静かな闘いを続けた画家・松本竣介の後ろ姿のようにさえ見えてきます。
また、今回は竣介の作品をご覧いただいた後に、美術館を出て実際に街を歩いていただくために、桐生の街の各所にのこる近代建築を紹介しています。竣介は、桐生を訪れたことはありません。しかし、たとえば代表作のひとつである《街》(1938年、大川美術館蔵)をみると、そこには「昭和モダン」の街の情景と同時代の建物が意識されるものです。桐生に残る近代のモダンな建築、あるいは路地の光景などのなかに、その時代、竣介が都会風景にむけた視線を重ねてみてはいかがでしょうか。展示室と桐生の街とのあいだに鑑賞者の視線を往還させつつ、展覧会をお楽しみいただけたらと思います。