画家・装丁家・作家 司修さん

画家、装丁家、作家 司修 さん
「大切なのは『今』です。我々は過去に戻ることも未来に行くことも出来ないのですから」とほほ笑む司さん=東京の自宅兼アトリエで

「時代と共に価値観や常識、評価は変わりますが、『自分』の軸をどこに置くかが大切だと思うのです」

画家であり、装丁家であり、小説家であり、エッセイストとして広く知られる。現在、岩波書店が発行する月刊誌「図書」で表紙絵「夢の絵」とエッセイを発表するほか、朝日新聞など全国紙への寄稿や老舗劇団「文化座」の公演ポスターデザインを手掛けるなどジャンルを問わず精力的に活躍中だ。82歳を超えてなお、その制作意欲は衰えず、独自の表現を追求し続ける司修さんに「夢の絵」創作への思いを聞いた。

【夢で見たイメージを絵と文に】

Q「図書」に「夢の絵」とエッセイを寄せています

以前、僕が見た夢を日記のように絵で描いていることを岩波書店の編集者に話しました。ずいぶん音沙汰なかったけれど、ある日「表紙でやりましょう」と言われ2年前から始まりました。夢の絵と、それにまつわるエッセイがセットになっています。来年も続くと思うので、いずれ「夢画集」になるでしょう。

Qなぜ夢の絵を描こうと

だって面白いじゃない(笑)。実は尊敬していた小説家の安部公房が、見た夢を枕元の録音機に吹き込んでいたのを思い出して僕もやってみたくなりました。でも、へそ曲がりだから同じことはやりたくない。そこで、夢に見たイメージを絵にすることにしました。『図書』ではメモしていた夢を、もう少し具体的に描いています。

Q夢の絵の魅力とは

数十年前から最近のものまで発表していますが、特に戦時中に見た夢は鮮明に覚えています。夢の絵を見ることで当時の記憶を呼び起こされることも多い。例えば、『図書』でも描いたネムノキ。生い茂る葉っぱや幹で僕を空襲から守ってくれた命の恩人だから、夢だけでなく現実世界でもネムノキを見ると一瞬で少年時代に戻れちゃう。武満徹やいぬいとみこなど、亡くなった知人とも夢の中なら出会えます。幼少期の思い出や色んな人やモノとの繋がりをもたらしてくれる夢の絵は、描いていて凄く楽しいですね。

【描くことで救われた】

Q「夢の絵」に限らず、戦争をテーマにした作品を数多く発表しています

前橋空襲を体験したのは9歳の時でした。戦中戦後の記憶は強烈ですよ。食べる物がない、着る物がない、住む場所もない。いじめや差別など嫌なことをいっぱい体験しました。当時、刻まれた生々しい記憶が問題意識と結びついて、僕の表現活動の原動力になっています。戦争の証人というと大げさだけど、体験者であることに間違いない。たまたま生き延びたけれど、前橋空襲でも500人以上が亡くなりました。惨状を伝える語り部にはなれないけれど、僕なりに出来る範囲で表現していきたいですね。

Q絵や小説など幅広く表現活動を展開しています

絵を描くというのは、ある意味古いスタイルです。今日的に活躍するには、今日的な表現を追求しなければいけない。これまで生きてきた82年間で感じてきたことを、死ぬまでに表わすのが僕の役割です。そうすると、もう方法論ではないですよね。その時々で「今」の自分を一番、表わせるものなら絵でも文でも構いません。本業は「何でも屋」でも「何でもない屋」でもどっちでも良いんです(笑)。

Q「表現する」ということは

絵や文をかくことは、自分の内にあるものを外に吐き出す行為。出そうと思ってやっている訳じゃないけど、表現したものが誰かに受け入れられた時、自分の中の困った問題がそっと出ていくのではないでしょうか。僕の場合、戦争の記憶をずっと閉じ込めていたら、おかしくなっちゃったかもしれないけれど絵や文をかくことで救われたし、癒されました。

Q表現する上で大切にしていることは

絵も文も、ただ資料を調べるだけでは無理。実際、現場に行ってその場の空気を吸ったり関係者と会って酒を飲んだり、深く関わらないとかけません。不器用だから、「あっ」て思い付いて「パッ」て出来ないんですよ(笑)。

【自分が思うように生きる】

Q生まれ故郷の前橋とは

「国破れて山河あり」じゃないですが、空襲で前橋の街が焼け野原になっても赤城山や利根川は変わらずそこにありました。今もそう。いつでも会えるし会いに行かなくてもちゃんと受け入れてくれる。今、感じていることを僕に思い起こさせてくれる大切な場所ですね。

Q日頃の健康法は

何もないですね。気にしていたらきりがないし(笑)。毎晩お酒は飲むし食べたいものを食べる。仕事柄、妻と娘とは数年前から別々に暮らしているので会うのは週1回程度。何から何まで自分でやらなきゃいけないけど好きにできるから気が楽。ある意味、それが健康の秘訣かもしれませんね。

Q趣味を教えて下さい

本を読んだり絵を描くのが趣味と言う人は多いけれど、僕は仕事だから困っちゃう(苦笑)。趣味とは言えないけど、小説に出てくる料理を自分なりに想像しながら作るのは好きですね。味覚で楽しみながら読みます。あと、思考し続けて疲れた時、ありがたいのがお酒ですね。

Qモットーは

「自分が思うように生きたい」と本気で思っています。それは思うように生きられないからです。我々は生きている限りどうしたって何かに縛られますよね。時代と共に価値観や常識、評価は変わりますが、「自分」の軸をどこに置くかが大切だと思うのです。そう感じさせ続けているのが少年時代の戦争経験です。焼け跡生活もそうです。あのころイヤだったことは、形が違ってもイヤ。

【出来る事を出来る範囲で】

Qこれからやりたいことは

若くて元気なら行きたいところに行けるし、やりたいこともできるけど今はとても無理。自分が出来ることを出来る範囲でやるだけ。今までの延長ですね。来年は5月と9月に個展をします。年内にテーマを考えないといけませんが、まだ何も決まっていません(笑)。

Qシニア世代に向けて豊かな人生を送るコツを教えて下さい

私を育ててくれた一言は何かと問われたら、「出会い」です。大野五郎さんという父親ほど年の違う画家の話です。病弱な少年が遊びに来るようになって何気ない会話を楽しんでいたけれど、ぱったり来なくなったので、どうしたのかなと思っていたら、亡くなったらしいのです。その時、涙がとまらなかったそうです。大野さんは、「あれが愛ってもんだな」と私にいいました。今もこの言葉が耳にあります。コツとはいわないコツですね(笑)。

文・撮影 中島美江子

【プロフィル】つかさ・おさむ

1936年前橋生まれ。93年「犬」で川端康成文学賞、2007年「ブロンズの地中海」で毎日芸術賞、11年「本の魔法」で大佛次郎賞、16年にイーハトーブ賞など文学や美術の分野で数々の賞に輝く。11年には県立近代美術館で絵本原画展を開催。17年にはアーツ前橋での「前橋の美術」に出品。2年前から月間誌「図書」(岩波書店)で表紙絵とエッセイを発表。来年5月、東京都国立市の画廊「岳」で個展を開催予定。東京在住。

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