新しい芸術を作り上げ発信したい

高崎芸術劇場芸術監督
大友 直人さん

―まもなく大輪の花が咲く新人のファンになって―
新事業「T-Shotシリーズ」

2020年1月に、高崎芸術劇場芸術監督に就任した指揮者の大友直人さん。昨秋には、日本の誇る将来性豊かな若手演奏家を同劇場に迎え紹介するプロジェクト「T―Shotシリーズ」(以下、「T―Shot」)を、コロナ禍の厳しい状況下で立ち上げた。「T―Shot」とは、同劇場の響きが優れた「音楽ホール」で若手アーティストがリサイタル(独奏会)を行うと同時に、CD・DVDの収録も行って発売もする、全国的にも例を見ない創造的な試みだ。これまで東京上野の東京文化会館などいくつものホール改革に当たってきた。発案者でありプロデューサーとして手腕を発揮する大友芸術監督に、自主事業「T―Shot」に込めた思いを聞いた。

コロナ禍から生まれた「T―Shot」

―どのような事業ですか?
芸術監督就任直前の元旦コンサートでは満員のお客様に喜んでいただきましたが、間もなくコロナ禍に。半年にわたり公演を行う見通しが立ちませんでした。

そこで「どんな状況であっても劇場として活動を発信したい」と、発案したのが、若手アーティストのリサイタル開催と、録音・映像収録を並列させて進行させる企画でした。CDならどこでも何度でも聞けますし、DVDではアーティストの映像がご覧いただけます。演奏とは、「音」のみではなく、演奏する姿、ビジュアルも大事な魅力の一つです。音と姿を両方とも紹介できる内容を盛り込みました。

―名前の由来を教えてください
高崎の頭文字「T」はすぐに思い付きました。さらに、新人がデビューすることに絡めた言葉を練りました。ゴルフの最初の一打を「ティーショット」と言いますよね。加えて、映像を作り、録音して瞬間を切り取ることも「ショット」と言う。これらの意味を掛け合わせて、「T―Shotシリーズ」と名付けました。

採算を越えた試み

―全国でも同様の試みはありますか?
私の知る限りでは、まだないですね。活動が制約されているコロナ禍で思い付いた企画でした。新たなCDや映像を製作することはコストがかかりますから、費用を考えれば採算度外視といってもいいかもしれません。ですが、一方では「この劇場から新たな芸術を作り上げ発信する」と、はっきりとした意志を持って積極的に取り組んだことは、採算を補って余りある成果となりました。

―実施して世間の反応は?
おかげさまで、昨年10月に行った第1弾、バイオリンの荒井里桜さんから始まり、第2弾でピアノの亀井聖矢さん、第3弾はチェロの岡本侑也さん、先月第4弾ピアノ尾城杏奈さんもとても内容の良い演奏をしてくれました。いずれも評判は上々で、劇場の存在感を示しつつあります。さらに、クラシック部門のCD・DVDの売上げとしても、好成績が出ています。今年10月頃には尾城さんのCD・DVDも発売予定です。リサイタルは10月にバイオリンの戸澤采紀さん、来年1月にチェロ上野通明さんと続きます。今後も、「クレッシェンド」で取り組んでいきたいですね。

高崎は、「音楽のある街」として、市民に音楽が浸透して理解が得られる土壌があります。さらに、何と言っても、当劇場は新しいホールです。まだ、全国的にも知られていません。高崎芸術劇場が新しく「T―Shot」に取り組んでいるというだけでも、注目を引くことができるのではないでしょうか。

新たな試みによって、少なくとも音楽関係者や劇場関係者の中では、「高崎は、面白いことをやっている」と認識されつつあります。

―若手演奏家は、大友監督に選ばれて緊張していますか?
若い人たちは、勢いがついていてこれからというアーティストばかりです。前しか見ていないのではないでしょうか。振り返ると、私もそうでした。演奏や活動に集中して充実したものにすればいいのではないでしょうか。

日本の音楽業界を元気に華やかに

―どのような気持ちで若手を応援しますか?
私自身も、若い人からフレッシュな刺激を受けます。どこの世界でもそうですが、その専門分野が活気にあふれていないといけません。次の10年、20年、30年と、日本の音楽界をずっと元気に、華やかに、魅力的にしていくことを考えると、本当に力のある若い人たちが今から牽引していってほしいですね。若く才能のある人たちには、早くからメインステージに出て大いに活躍してもらいたいと思っています。

―「T―Shot」の面白さとは?
誤解を恐れずに表現すると、一番の楽しみは、若い人の将来を見込んで投資するいわゆる「先物買い」です。その人の若い時代の演奏に接することができます。この方たちはみんな、いずれ大輪の花を咲かせます。「まだ若かった高崎のころから聞いているファン」となってください。きっと楽しいですよ。「藤井フミヤのチェッカーズ時代からずっと知っているファン」というような感覚です。

高崎芸術劇場のお客様は、彼らがいずれ、世界的なアーティストに成長したときの面白さや楽しさを「T―Shot」から味わうことができるでしょう。今は無名であっても、今後が楽しみなアーティストばかりです。

―マスターズ・シリーズも始まりますね
9月16日にはバイオリンの前橋汀子さん、12月4日はチェロの堤剛さん、同18日は弦楽六重奏の竹澤恭子さんなど重鎮がそろうマスターズ・シリーズも始まります。長年培ってきた経験や円熟された音楽の世界を楽しめる一期一会の演奏会になるでしょう。CD・DVDの製作はありませんが「T―Shot」とは対極のリサイタルになります。それぞれ別の味わいが楽しめますよ。

―今後の展望を教えてください
高崎とは、2013年に群響音楽監督になってから、年々付き合いが深くなってきました。今後は、この劇場ならではの演奏やシアターピース(※通路や客席など会場全体を使い、​パフォーマンスを伴った演奏形態)など新鮮な企画をやっていきたいですね。今後も高崎芸術劇場に注目してください。    (文・写真 谷 桂)

 

おおともなおと・1958年東京都出身。桐朋学園大学在学中の22才のとき、NHK交響楽団を指揮してデビュー。日本の音楽界をリードし続けている指揮者。2013年4月から19年3月まで、群馬交響楽団音楽監督の後、20年1月から高崎芸術劇場芸術監督に就任。他にも、東京交響楽団名誉客演指揮者、京都市交響楽団桂冠指揮者、琉球交響楽団音楽監督を務める。第8回渡邊暁雄音楽基金音楽賞(00年)、第7回齋藤秀雄メモリアル基金賞(08年)を受賞。

【CD&DVD情報】
■荒井里桜さん、亀井聖矢さん、岡本侑也さんのCD&DVD(3630円)は、同劇場2階チケットカウンターで発売中。

【演奏会情報】
T-Shotシリーズvol.5 戸澤采紀ヴァイオリン・リサイタル
10月30日午後1時30分開演。全席指定2000円(税込)。7月14日から発売。
T-Mastersシリーズvol.1 前橋汀子ヴァイオリン・リサイタル
9月16日午後1時30分開演。全席指定S席6000円、A席5000円、B席4000円(25歳以下 1500円)(税込)。発売中。
同チケットセンター(027-321-3900)へ。

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