落語家
林家 つる子さん
もっとファンを増やし、女性や初めての人も楽しめるように
高崎市出身二ツ目の落語家 林家つる子さん(34)は、数々の寄席はもちろん、テレビやラジオで活躍し、人気、実力ともに上昇中の女性落語家。入門以来、古典落語の中には女性があまり描かれていないことに違和感を覚え、落語に登場する女性を主軸に作り変えた「女性目線の落語」に挑戦。現在、夫婦の愛や絆を込めた名作落語「芝浜」を演じている。新たなイノベーションを起こした林家つる子さんにインタビューした。
落語に登場する女性を主軸に
―なぜ、女性目線の落語を演じ始めたのですか?
古典芸能の世界に入って13年、今までは古典をそのまま演じていましたが、もっと女性にも見てほしい、落語ファンを増やしたい思いを持ち続けていました。3年前から、古典落語に登場する女性を主軸に噺に作り変えて、「女性目線の落語」を演じたいと取り組みを始めました。自分も女性の落語家であり、次のステップを見据えた若手二ツ目として、覚悟をもっての挑戦です。
今回取り組んだ「芝浜」の噺は、おかみさん(おみつ)の存在がすごく大きいのに、心情が細かく描かれていないと、前座の時から気になっていました。妻のおみつは、夫の勝五郎に対して、本当はどんな思いだったのかを描きたかったのです。私も女性なので、おみつの方に感情移入しています。
以前、女子高の落研に招かれたときも、「(飲んだくれた夫へのおかみさんの対応が)きれいごと過ぎて受け入れられない」と率直な感想が出ました。感受性豊かな現代の高校生がそう思っているのなら、なおのことと、確信を得ました。
―師匠の林家正蔵さんは、どのように言いましたか?
大作を作り変えて、噺になかった部分を付け加える挑戦が、本当に良いものかと、師匠に伺いました。師匠は、「女性の落語家にしかできないことがある。つる子ならではのやり方で良いと思う」と言葉をかけてくださいました。嬉しく心強かったです。師匠は、「おかみさんの描かれ方は、演者が好きな女性像になっている。つる子の場合は、勝五郎を好みのタイプに演じるかもしれないね。重くなりすぎないように、軽くやった方がいいよ」とアドバイスをいただきました。
経験談を聞きながら創作
―どのように創作したのですか?
おみつにフォーカスを当てて、女性にも共感してもらえる噺にしました。夫が飲んだくれて困惑したり、夢だとうそをつこうと決断したときのメンタルなど、おみつの心情を表現したかった。
先輩落語家や知人のアナウンサー、父親などいろいろな人に恋愛や夫婦愛の経験談を聞きました。自分の経験も少し足して。次第に、おみつは勝五郎に心底惚れていたのだということが分かってきたのです。
―具体的に変えたところは?
まず、おみつが相談した大家さんの役割を大きくしました。おみつにとって重要な関係性の人だと思ったからです。他にも、勝五郎が「俺がこだわっていることに気づいてくれたんだね」とおみつの優しさに気付いたり、おみつが「魚と勝っぁんは両方ともきれいな目をしている」と胸をキュンとさせたり、急にお化粧やオシャレをするところなど誰もが共感できるような、ほっこりした場面をたくさん入れました。
古典にあった従来の場面を少なくし、二人の馴れ初めや感情の揺れ、ほのぼのとした愛情を細かく描いたのです。全体の半分以上が、新しく創作した場面となりましたが、「芝浜」であることを何よりも大切にしました。
―ほかに、参考にしたことは?
ドラマや漫画も見てイメージを膨らませました。そのひとつに、漫画「鬼滅の刃」があります。ピンクの髪の甘露寺蜜璃ちゃんと、伊黒小芭内さんのふたりが恋仲になっていて、伊黒さんが「来世では一緒になろう」と言うと、蜜璃ちゃんが「伊黒さんとご飯食べてるときが一番幸せなの」というセリフがあるんです。ここにすごく感動しました。他に知人からも、恋人や家族とご飯を一緒に食べる時に幸せを感じると聞いていたので、食事の場面を入れました。
自分の両親のことも参考にしました。父の意見で、「勝五郎もおみつに惚れている。難しく考えないで、笑った顔が可愛いとか、単純な理由でいいんじゃないか?」と助言をくれたのです。思い返せば父は、「笑っている明るい母が好き」と言っていたなと。夫婦の愛情は、何気ないもので、繋がっているのですね。
―おみつがうそをつく場面はどのように描いたのですか?
おみつが、「財布を拾ったのは、夢だったんだよ」と覚悟を抱いてうそをついた。これは、本当に最後の賭けだったんだろうと思いました。飲んだくれのぐうたらを見たくないということだけではなく、勝五郎に惚れてるから、本当は別れたくない気持ちがベースにあったんだと。
その後も、真実を告白する機会を逸し、延び延びになる。再び、夫が酒飲んで遊ぶのが怖かっただけではなく、うそをついたけれどやっぱり夫に「嫌われたくない」というおみつの弱い部分を出しました。
全体を通して、おみつの立ち位置をはっきりさせることによって、勝五郎や大家さんの性格も鮮明に演じられるようになりました。
お客の反応を得てさらに挑戦
―お客さんや周りの反応は?
様々なご意見があると思うのですが、「共感しました」という女性のお客様からの言葉をたくさんいただけて嬉しかったです。師匠は、「そのままでいい、そのまま挑戦し続けろ」と言ってくださいました。中には、「男性社会に合わせていたが、つる子さんの挑戦を見て、無理に合わせるだけでなく、新しい道を作ってもいいと気持ちが楽になった」という女性もいて、取り組んで良かったと思いました。
―落語の魅力は何でしょうか?
「芝浜」をはじめとし、現代にも通ずる噺が、たくさんあるところだと思います。人の気持ちや時代に寄り添って生まれてきた柔軟性のある伝統芸能です。落語に登場する女性たち、おかみさんだって、現代人と思っていることはあまり変わらなかったかもしれません。これからも声を拾い上げて男女問わず落語が好きな方にも、若い女性や落語初体験の方にも高座から発信していきたいです。
―今後やりたいことは?
今までやってきたことが、やっと一つ、形になりました。まだ、始めたばかりなので、このまま「私ならではの落語」に挑戦を続けます。
そろそろ二ツ目が折り返し地点に来ています。寄席でトリを取る真打を見据えて、見に来て良かったと言われるような準備をしていきたいです。 (文・谷 桂)
■芝浜のあらすじ
長屋に住む魚屋の勝五郎は、腕はいいが大の酒好き。ある日、芝の浜で大金を拾い、家に帰ると、その金でどんちゃん騒ぎをして飲んだくれる。大家に大金を預けた妻(おかみさん・おみつ)は、翌日夢だったとうそをつく。次第に、勝五郎は真面目に働くように。その後の大晦日の夜、本当は夢ではなかったと妻が真実を告白する。
■女性目線の「芝浜」公演予定
11月 19日 高崎芸術劇場
12月 24日 深川江戸資料館(東京都江東区)