見えない人も、見えにくい人も、見える人も 共にアートを楽しもう!

全盲の彫刻家・三輪さんらが作る一社 「メノキ」
今月から〝触れる彫刻展〟前橋で開催

「見えない人も見えにくい人も見える人も、誰もが共に芸術文化を楽しめる環境を作ろう」と視覚障がい者支援に取り組む団体がある。デザイナーや編集者、ライターらが立ち上げた一般社団法人「メノキ」で、代表を務めるのは全盲の彫刻家・三輪途道さん(56=下仁田)。今夏、視力を失った彫刻家をモデルにした絵本を発行し前橋の絵本専門店「本の家2」で朗読会を実施。今月からは市内の建設プロダクト「ヤマト」の本社1階ギャラリーホールで、〝触れる彫刻展〟や対談など多彩なイベントを行う。彫刻展は企業や美術館、大学、盲学校、点字図書館、福祉団体など様々な機関が協力。アートや絵本を介し、視覚障がい者や晴眼者の交流を深めるメノキの試みは各分野から注目を集め、大きな広がりを見せている。 (中島美江子)

視覚障がいの有無に関わらず誰で楽しめる彫刻展=前橋のヤマトギャラリーホール

観て、触って、感じて―
仏像や犬の大作からシジミや煎餅などの小品まで、多彩な彫刻が並ぶヤマトギャラリーホール。現在、開催中の三輪途道個展「見えない人見えにくい人見える人すべての人の感じる彫刻展」では直接触って形や大きさ、質感を感じながら鑑賞できる。彫刻の多くは会場に敷かれた畳の上に〝鎮座〟。来場者は靴を脱ぎ、寛ぎながら彫刻と対峙できるのも魅力だ。三輪さんは「万が一、作品が壊れても平気。私、修復技術を学んでいるので直すのは得意です。一緒にアートを楽しみましょう」と笑う。

三輪さんの個展は障がいの有無に関わらずアートに親しんでもらおうと、メノキを中心にヤマトや朝日印刷、ジンズなど県内企業や美術館、大学、福祉団体らで作る「視覚障がい者と晴眼者のための共生芸術活動環境創造プロジェクト実行委員会」が企画。展示に合わせ、会場では週末ごとにイベントも行う。

今月1日のワークショップには県内外から約50人が参加。「鼻かな、口かな」「この仏像、女性っぽい」 展示室では目の不自由な人も見える人も彫刻に触れ、対話しながら鑑賞を楽しんだ。白杖を付き、会場を回った岡安純子さん(75=山梨)や弱視のアーティスト・しろさん(28=桐生)は、「作品に近づいたり触ったり動かしたり。制限のない鑑賞はありがたい。通常の展覧会では滅多に出来ない体験」と喜ぶ。高崎から訪れた箱田みどりさんは、「目が不自由な人の感想は視覚情報に縛られていないので面白い。同じ作品でも色んな見方があることに気付かせてくれました」と興奮気味に話す。

多くの機関が連携し企画
触覚による鑑賞は、視覚障がいや作品への理解を深めると共に、「見ること」について考えさせられる刺激的な交流の場になっている。会期中の平日の月水金は原則、ボランティア団体「メノキと手をつなぎ隊」やアーツ前橋、県立近代美術館の鑑賞ボランティアが鑑賞をサポートし、金曜は三輪さんが在廊。元県立盲学校長で同展実行委員長の多胡宏さん(66=前橋)は、「視覚障がい者支援の下、多くの機関が連携しこのように大規模な展覧会を開くのは県内初ではないか。目の見えない人が作家活動をしているのは全国でも稀。同じ境遇の人が、『自分も鑑賞できる、表現しても良いんだ』と思って貰えたら嬉しい。三輪さんの前向きな姿は来場者を勇気づけ、一人ひとりが持つ可能性に気付かせてくれるでしょう」と期待を寄せる。

思い思いの人生歩める社会に
「視覚障害を持つ人も持たない人も思い思いの人生が歩める社会の実現」を目指し、三輪さんらがメノキを立ち上げたのは昨秋。きっかけは三輪さんの著書「祈りのかたち」(2021年)の出版だった。県内の仏像などを紹介する同書は、黒地に大きめの白ゴチック文字を印刷するなど視覚障がい者の人にも読めるよう工夫されている。

彫刻家、仏師として活躍していた三輪さんは、30代で網膜色素変性症を患い今は全盲状態。自身の視力低下と向き合う中で、視覚に障がいがある人でも読めるようにと同書を完成させた。三輪さんは「ゆっくりゆっくり見えなくなっていきました。作家は目が命。日に日に光が失われていくのを実感し引きこもる日々が続きましたが昨年、専門家の力を借りて本を作ったことがきっかけとなり、チームで活動することの可能性を感じました。それがメノキ発足に繋がったのです」と振り返る。

「美術」「出版」の二本柱

三輪さん(左から2番目)らメノキメンバー

メノキメンバーは三輪さんを中心に、本作りに携わったデザイナー寺澤徹さん(66)やライター立木寛子さん(66)、元上毛新聞社員で編集者の富澤隆夫さん(65)、アートコーディネーター福西敏宏さん(58)で構成。法人名には、目や芽を表わす「メ」が木のように大きく育って欲しいという願いが込められている。

「美術」「出版」の2本柱で、視覚障害支援を展開。美術事業では企業などと連携しながらアート活動を行い、共生社会の実現に励む。一方、出版事業では書籍を核にメノキの理念や文化を発信していく。寺澤さんと福西さんは「『フラットな世の中を創りたい』というコンセプトの下、固定概念に縛られず誰もが自由にアートや読書が楽しめる環境をつくっていきたい」と意気込む。

「見ること」って何?
今夏、メノキは彫刻展開催に先立ち、三輪さんをモデルにした絵本『みえなくなったちょうこくか』を出版。視力を失い彫刻刀で木が彫れなくなっても、粘土と漆を使った脱乾漆という新たな造形手法を得て創作を続ける主人公の「あたし」の喜びが、三輪作品と共に生き生きと表現されている。著者の立木さんは、「見えなくても見えるものはあるし、見えていても見えないものがある。『見ること』とはどういうことか、そんな問いかけをしています。読んだ方の心に一粒の種として蒔かれる何かがあれば嬉しい」と話す。

詩人の谷川俊太郎さんが推薦の言葉を寄せている同絵本は、県内の各書店で販売中。8月には出版を記念し、前橋の絵本専門店「本の家2」で絵本の朗読会と三輪さんの作品展示も行った。新聞などで紹介され、全国から問い合わせも増えている。本作りに携わった富澤さんは、「見えない人のことをあまり考えずに書籍を作ってきたが、三輪さんと関わることで新しい視点が得られ世界が広がりました。まさに発見と驚きの連続。これからも誰もが楽しめる本を作っていきたい」と話す。

障がいは個性や武器に
メノキは、来月23日に県社会福祉総合センターで行われる「まゆだまネットフェスタ」に参加し、絵本の朗読会や対談、触れる彫刻展を行う。また、ヤマトギャラリーホールで開催中の個展終了後、11月7日からは触れる作品を制作するアーティストとのグループ展を開く。さらに、来秋には三輪さんと盲学校の卒業生、群大生によるコラボ作品を中之条ビエンナーレで発表する予定だ。

三輪さんは「メノキを立ち上げたことで、作家として生きていく覚悟ができました。ふさぎ込んでいた時期もありましたが考え方一つで世界は変わります。障がいは個性にも武器にもなるし人間、何があっても大丈夫。そんなメッセージを、メノキの活動を通して一人でも多くの人に伝えていきたいですね」と笑顔で語る。

見える人と見えない人を繋げると共に、様々な偏見や差別をなくし誰もが豊かに暮らせる社会作りを目指すメノキ。新たな挑戦は始まったばかりだが、その名のごとく勢いは日に日に成長速度を増している。

【展示&絵本情報】三輪途道個展=彫刻や平面約20点を展示。前橋のヤマトギャラリーホールで10月29日まで。15、22、29日は三輪さんと専門家による対談会。11月7~12月3日は同会場でグループ展。入場無料。祝・日は休館。絵本は前橋の絵本専門店「本の家2」など県内書店で購入可。メノキ( 090-9014-4214 )

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