動物自然写真家 吉野 信 さん 

伊勢崎の自宅近くでカメラを持って散歩をする吉野さん。カウボーイハットとひげがトレードマーク

「 群馬の魅力をたくさん撮影してここでワイルドライフを送りたい 」

アフリカの草原でくつろぐチータの親子。アメリカの水辺で群れをなすバイソン。アラスカの雪原で巨大な角を頂いたムース(ヘラジカ)。夜空に現れる幻想的なオーロラ。「自然は神、野生は友」をモットーに活動する吉野信さん(78)は、美しい自然やいきいきした表情を見せる野生動物を世界中飛び回って撮影する。

4年前に埼玉県から伊勢崎市に夫婦で移り住んでいる吉野さんに、世界の野生動物の撮影についてや動物・自然写真の魅力、群馬での生活について聞いた。

ターザンの舞台アフリカにあこがれて

― どうして写真家になったのですか
子どもの頃、ジャングルを描いた映画「ターザン」を観て、動物が登場するアフリカにあこがれました。その後も、野生動物が登場するノンフィクション小説を読んだり、映画を観るのが大好きでした。映画「サファリ」や森林の王者トラが主人公の「偉大なる王(ワン)」、ドキュメント「野生の王国」にも影響され、「アフリカに行って動物の写真を撮りたい」という思いが募りました。

その後、デザイン学校を卒業し、「他の人がなかなかいけない憧れの場所に行けるのは写真家だ」と、まずは助手になりました。

―フリーになってからはどのようでしたか
1972年に独立してフリーに。29歳の時、いよいよ待望のアフリカへ行くことができました。まだ海外旅行がそれほど盛んではなく、アフリカへの旅費も大変でしたが、費用は妻が出してくれました。今から考えると頭が上がらないですね。ケニアのサバンナでアフリカゾウの巨体やライオン、チーターに目の前で直面して、夢中でシャッターを切りました。

以来、アフリカには20回くらい行きましたが、まだ奥深いアフリカ大陸をかすったぐらいです。でもこの大陸に掛けたぼくの情熱は相当なものでした。インドもアメリカのロッキーやアラスカもそれぞれ10回以上は行きました。1回の滞在は2、3カ月に及ぶことが普通です。40歳代には初めて妻と一緒にキャンピングカーでロッキーを回りました。妻は体が細いけど、肝っ玉が大きかった。自由奔放な自分と連れ添ってくれて、感謝しています。

―どんな仕事を手掛けたのですか
雑誌の連載ものや低学年の子ども向け絵本など、何でもやりました。カレンダーやポスターなどのコマーシャルフォトは収入も良くて助かりましたね。写真家として認められ、名前を覚えてもらうようになってからは、撮影ツアーの講師も頼まれるようになりました。

理屈ではない自然の素晴らしさ

―アフリカでの撮影はどのようでしたか
ドライバーでもあるガイドと共に四輪駆動車で、サファリへよく行きました。撮影の機会を逃すまいと、後部シートに座って外を観察し、空いているシートには、焦点距離の異なったカメラやレンズをセットしておいてね。若かった時はカメラを9台くらい持っていきました。狙っていた動物に出合った瞬間に、その中からパッと機材を取る。「これだ」と思って、動物と至近距離になって危ない目にあったこともありますが、自然のままの野生動物に惹かれました。理屈ではないの。自然の素晴らしさに魅了され、写真で伝えたかったのです。

―地球の変化にも気付きますか?
最初は、無我夢中で動物の姿や行動を撮影していましたが、そのうち、彼らが生息する大地や自然へも興味が沸くようになりました。干ばつや洪水など地球温暖化は事実だと感じましたね。

それに、野生王国と呼ばれるアフリカでも、今や人間の保護なしでは自然も動物も生息できません。サイは密猟によって絶滅が危ぶまれている。アフリカゾウも象牙を狙った密猟や密輸が問題になっています。野生動物は国立公園や保護区以外でも保護する必要があります。

―写真の力をどう思いますか?
今はコンピュータグラフィックで仮想空間を作り、迫力ある映像が簡単にできる時代ですが、瞬間的に、ありのままを一発でバチっと撮影することにこそ魅力がある。写真は「決定的瞬間」を切り取ることができる素晴らしいものです。

満月とアメリカワシミミズクを89年に撮影した大好きな写真があります。ずっと「こういう写真が撮りたい」と思っていましたら、アメリカのワイオミング州のシーズカディー野生生物保護区でチャンスが到来しました。情報を聞いて、ふと上を見たらミミズクがいたのです。地平線からは、月が上がってきて、ミミズクと一緒に重なる場所を探りました。するとちょうど良い枝ぶりの木に来てくれて、念願の1枚になりました。

月とミミズクをパソコンやスマホで合成することはできる。でも、ぼくの撮影は一発勝負なんですよ。様々な出合いの重なりが作品を生みました。

目の付け所や感性で写真は変わる

―写真にどう向き合えばいいのでしょう
フィルムからデジタルに変わり、さらにスマホの性能が上がり、カメラの世界は変わりました。誰もが写せるようになったから、プロは大変です。ぼくもコロナ禍で、海外にもなかなか行けない。実はアメリカに住む13歳の孫が「写真家になりたい」といっていますが、やめろとは言えず、嬉しくも悩みます。

でも、どこにでも被写体はあります。何をどう撮ったらいいのか、目の付け所や感性によって写真は必ず違ってきます。皆さんの撮影も考え方を変えてみてはどうでしょう。

―転居して住み心地はいかがですか
伊勢崎は本当に良いところです。引っ越しの際は、カメラを100台ほど処分しました。断捨離は終活でもあります。整理も考え方ひとつ。死んじゃったらどうにもできないです。でも、親父に買ってもらったペンタックスや50年間の歴史の中で思い出のあるカメラは処分できないです。

―今後の生活についてはいかがですか
もっと仕事をしたいですね。来年はトラ年ですが、トラについては得意です。健康であれば何でもできます。カメラを持って散歩したり、コロナが収束したら海外にも行きます。

以前より、群馬をもっと好きになりました。草津の「嫗仙の滝」も魅力的です。前橋の古墳には巨木があって面白い。アフリカの樹齢8000年のバオバブの樹を思い出します。伊勢崎の広瀬川には、キジが縄張り争いをしていて思わず撮影。面白さはたくさんありますね。

今度は群馬でワイルドライフを送りたい。群馬の魅力も撮影して、お役に立ちたいですね。(文・写真 谷 桂)

【よしの・しん】1943年「日本の一角」で生まれ、仙台育ち。桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒業。72年からフリーの動物自然写真家として独立。個展「野生の詩」をペンタックスギャラリーにて開催、97年5月にはテレビ朝日「徹子の部屋」に出演。世界の野生動物と自然景観を被写体として取材を続けている。主な写真集に「ロッキーの野生」「タイガーオデッセイ」「アラスカの詩」、写文集に「ネイチャーフォト入門」「アフリカを行く」「吉野信的アフリカ」など。その他、各種フォトコンテストの審査や講演を行う。 日本写真家協会会員。朝日フォトコン特別審査員。
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