創造の源は人間への探求心
「映像を通して、人間の感情の奥底にある潜在的な欲求や願望を浮かび上がらせたい」
銀座メゾンエルメスフォーラムで開催中の「『境界』—高山明+小泉明郎展」に、記憶をテーマにしたビデオ作品を出展している。これまで、ニューヨーク近代美術館や森美術館、アーツ前橋などで映像やパフォーマンスを発表、世界的に注目を集めているアーティストの一人だ。近作の多くは作家自身と登場人物の対話や、物語を語る出演者に作家が演出を加える様子をビデオに収めている。人間の感情を時にユーモラスに、時に暴力的に描き出す映像は観る人の心に不穏な余韻を残す。目覚ましい活躍が続く小泉さんに新作や映像の可能性について聞いた。
【見えないものを形に】
Q新作は記憶がテーマですね
記憶障害を持つ男性に第二次世界大戦時の日本人加害者の証言を読んでもらっている。人はいかに物事を記憶して忘れるのか。そのメカニズムに触れる何かを作りたかった。
Q表現していることは
記憶障害と加害証言の2要素を用いているがどちらも理解されにくく共感しづらい。目に見えない障害や抑圧された思いを明るみにし、形にすることが何らかの救いになると感じた。記憶の曖昧さも表現している。
Q作品の見どころは
男性のパフォーマンス。彼は証言を覚えようとしてもなかなか覚えられない。そのことにイラつき叫び出したりする。思い出そうとしているのは証言なのか彼の記憶なのか。見る側は分からなくなる。さらに、男性の姿に加害者の苦悩がシンクロしていくところがこの作品の肝です。
【作ることで理解できる】
Qどんな子どもでしたか
友達に囲まれながらのんびり育ちました。漫画を描いたりカードゲームを作ったり、特に自分でルールを考えるのが好きでした。野球もしたかったが、両親に日曜学校に行かされていたので出来ませんでした。
Q宗教は身近なものだった
いえ、両親から押し付けられているものという意識が強くずっと反発していました。大学生になり、ようやくあれは一つの価値観だと客観視できるようになったが、絶対的な価値観に反発するという在り方は今も自分の中に刷り込まれている気がする。宗教に限らず、国家や資本主義など同じようなものはいくつもあり、それらに対して従順でいる訳にはいかないという思いはあります。
Qアートに目覚めたのは
高校でカナダに留学した時、言語ができなくても自分の存在価値を証明できるのが美術でした。帰国後、大学で美術史や文学などを学んだが、研究よりも作品を作ることで美術をより理解できると気付きアーティストになろうと決めました。
【映像が性にあっていた】
Q映像を選んだ理由は
たまたまです(笑)。大学卒業後に留学した90年代のロンドンでは人気アーティストがこぞってビデオ作品を制作していて、学生はみな映像に飛びついた。私もその一人。初めて作った時、撮影も編集も簡単にというか自然にできたし音や言葉など色んな情報を入れられる点も性に合っていると直感的に感じました。
Q作品に必ず人間が登場しますね
単純に人間が知りたいから。人間って混沌としていて自分のことすらよく分からない。コントロールできない本能や無意識に興味がある。普段、閉じられていた蓋がこじ開けられ違うモードに切り替わる瞬間の人間、その深さと複雑さを形にしたい。創造の源は人間への探究心です。
Qどのように作品を創るのか
きちっとしたテーマは決めず、何となく面白そうな絵が撮れそうだなというイメージからスタートする。今回の新作も記憶障害者と戦争加害者の証言を重ねたら何かが生まれるんじゃないかという感覚で撮り始めた。「作品になった」と感じる瞬間は、人間が抱える根源的な問題やパーソナルなものに触れた時。今までも視覚障害者や元特攻隊員などを撮影しているが、障害や戦争をテーマにしている訳ではない。映像を通して、人間の感情の奥底にある潜在的な欲求や願望を浮かび上がらせたい。
【サプライズを与えたい】
Q制作時に大切にしていることは
私の場合、出演者にこうして下さいと指示しながら撮っていくが、彼らの感情がエスカレートして途中で泣いたりわめいたり、予測不能な事態が起こることもある。その光景はなかなか直視できないのですが、レンズを通して観ると平気になってしまう。作品的には正解かもしれないが倫理的にどうか。圧倒的なものを観たいというアーティストとしての欲望と、人間としての良識が乖離しすぎないように気を付けています。
Q映像の魅力とは
一つのメッセージに集約できないところ。例えば、平和がテーマでも実は商業主義的だったり反戦を謳っていてもエンターテインメントだったり。数分で怒らせたり笑わせたりできる。映し出されたものとメッセージの間にギャップが生じやすく、人間の知覚や無意識に訴えかけやすい。その矛盾や不条理さが映像の豊かさであり面白さ。映像で出来ることはまだたくさんある。大きな可能性を秘めているメディアです。
Q今後、挑戦していきたいことは
最近、作品の作り方が似通ってきているので更新する必要性を感じている。もっと物語的な要素の入った、フィルム的、つまり映画的なものを撮りたい。自分がまだ見たこともない未知の領域に踏み込むような映像表現で、観る人にサプライズを与えたいですね。
文・写真/中島美江子