アーツ前橋館長 住友 文彦 さん

「アーツ前橋は繁華街にあるので、作品を見た後にふらっと飲みに行けるところが良いですよね」と笑う住友館長=「アーツ前橋」カフェスペースで

異なる考え交換し合える場に

歴史という経糸と同時代という横糸を紡ぎ、50年後100年後も必要とされる文化拠点を創造したい

 

【ストレスはそれ程ない】

「アートの良さは人々の注意力を喚起し、一人一人が持つ独自の感性や価値観を育んでくれるところにある。歴史という経糸と同時代という横糸を紡ぎながら、50年後100年後も必要とされる文化拠点を創造していきたい」 7月1日、今秋オープンするアーツ前橋の初代館長に就任した。42歳。公立美術館長としては異例の若さだが、金沢21世紀美術館設立準備や国内外のアートプロジェクトに関わるなど輝かしい実績を持つ。2010年7月から前橋市の嘱託学芸員としてアートと地域を繋ぐ事業に精力的に取り組んできた。館長内定後はマネジメントや対外的な活動に力を注ぐ。「やらなければいけないことは山積みですが、仕事に対するストレスはそれ程ないですね(笑)」

【全てが「同時代的」だった】

美術の道に進むきっかけは海外生活で培われた。父親の転勤に伴い10~15歳までオーストラリアで過ごす。移民国家のため教室には世界中から様々な文化背景を持つ子供たちが集まっていた。言葉に捕われず誰もが自由に表現できる授業が芸術だった。「特に美術は『好きなことをやって良いよ』という空気があった。自分の力を伸び伸びと発揮できたので居心地が良かったですね」
大学で美術を学び、卒業後は私立や公立美術館で数々の展覧会を企画。
3年前、大規模美術館からのオファーもあったが前橋で働くことを選択。日常にアートが入り込みやすい街中に出来る点、地域の記憶が引き継げる既存施設を再利用している点、独自企画をするのに適した中規模施設である点‐「立地、リノベーション、大きさ、全てが『同時代的』で直観的に面白そうだと感じたから」だ。

【地道な種蒔きに手応え】

赴任後はアートを深く体験してもらうため、ワークショップなど様々なプレイベントを展開。記録集も作成し、開館準備のプロセスを積極的に公開してきた。全国的にも珍しい試みだが、そこには明快な意図がある。透明性の高い運営をすることで理解や関心が高まり、多くの人に支えてもらえる施設になるからだ。
イベント参加者が自発的にアート活動を行ったり、施設への寄贈作品を共同購入したり、開設準備を手伝うなど、一連の取り組みは少しずつ実を結び始めている。「地道な種蒔きを続けてきたが、街中に新たな創造のサイクルが生まれているという手応えを実感している。館の目指す方向性をオープンにしてきたことは大きな意味があった」
今月4日にはアーツ前橋でプレオープン展がスタート。七夕祭りと重なったこともあり、初日からの4日間で予想を上回る3170人が来場。が、ここに至るまの道のりは決して平坦なものではなかった。昨年2月の市長交替で建築工事以外の準備は一時中断に。計画の見直しを議論する運営検討委員会が設置され、「具体的な市民参加の仕組み作り」「情報発信力の強化」の必要性が提言された。「指摘はもっともで何が悪かったのか、何を直していけば良いのかが見えてきた。計画中断は、地域の人にとっても施設の必要性を改めて考える良いきっかけになったと思う」
昨秋から市民組織「前橋文化推進会議」と地域に根差した施設作りに励む。今春は内覧イベントを共同開催し2日間で2500人を集客。展示、音楽、ダンスなど多彩なプログラムで美術ファン以外の人たちを呼び込むことに成功した。「学芸員と役所の人だけでやることには限界がある。広報や経営、企画など館運営には様々な能力が必要で、多くの知恵を集結させた方が絶対うまくいく。行政主導ではなく、市民組織が関わる仕組みは時代に即しているし持続可能な施設にするためにも欠かせない」

【芸術は特殊なものではない】

アーツ前橋周辺の20キロ圏内には県立近代美術館や高崎市美術館、渋川市美術館など数々の美術館が密集。他館と連携しながらも差別化を図っていくことが必須だ。「創造的であること、みんなで共有すること、対話的であること」‐3つのコンセプトに自身が描く理想のアーツ前橋像を込めた。「何かを創造し、それについて語り合い共有していくことは誰もが日常の中で当たり前のようにやっている。芸術や表現活動は特殊なものではなく生きていく上で役立つものと気付いて欲しい。異なる文化を持つ人たちが互いの考えや感じ方をどんどん交換できる場にしたいですね」
一方で活性化の拠点としての役割も十分自覚している。5月からは街中で薬草を育てるというアートプロジェクトを展開。人と人、人と緑が触れ合う場を作りアートが地域にもたらす可能性を模索している。

【トライ&エラーを大切に】

開館展では、前橋を代表する歴史的な作家や音楽家、科学者を紹介すると共に彼らの功績と現在活躍するアーティストとのコラボレーションを試みる。前橋のアイデンティティやポテンシャルの高さが感じられるような展示を目指しているという。 10月26日のグランドオープンまで3カ月。8月に開幕するあいちトリエンナーレのキュレーターも兼務しているため休みはほとんどない。激務に追われる日々だが、その表情は充実感と自信に満ちている。「アーツ前橋では新しいことをやってみようというトライ&エラーを大切にしたい。寛容さがないと面白いものは生まれませんから(笑)」 若き館長の挑戦は始まったばかりだ。

文:中島 美江子
写真:木暮 伸也

【プロフィル】Fumihiko Sumitomo
71年埼玉生まれ。東大大学院総合文化研究科修了後、金沢21世紀美術館や東京都現代美術館に勤務。一方で「あいちトリエンナーレ2013」などアートプロジェクトに携わる。「キュレーターになる!」など著書多数。前橋に単身赴任中。

 

〜住友さんへ10の質問〜

今、育てているのはトマトと豆です(笑)

—前橋のお気に入り

焼肉店「三番ホルモン」と駅前天然温泉「ゆーゆ」。仕事帰りに時々立ち寄りますが、入浴後はぐっすり眠れる。あと、前橋プラザ元気21立体駐車場の屋上から見える赤城山の全景=写真。前橋に初めて来た時、裾野の美しさに感動しました。

—好きな言葉は

一期一会。子供の頃、引っ越しが多かった僕に祖母が教えてくれた言葉です。その精神は今も大切にしていますね。

—尊敬する美術館長は

現在、香港に建設中の美術館「M+(エムプラス)」準備に携わるラース・ニッティヴ館長と元ゲント市立現代美術館のヤン・フート館長。ニッティヴ館長は美術館や芸術が社会の中で果たす役割を明快に自覚している。やっていることに統一感はないけれど全くブレてない。ヤン・フート館長は、館内でアーティストや警備員、カフェ店員、来館者などと気軽に話している姿をよく見かけた。色んな立場の人と会い、絶えず新しいクリエイティブなことを考えていたのでしょう。全然違うタイプですが、2人のような館長になれたらいいですね。

—好きな食べ物飲み物は

焼肉とソバ。あとは群馬の野菜かな。安くて新鮮で本当においしい。飲み物は、この季節なら日本酒。

—今、やりたいことは

運動。全く体を動かせていないので、ジョギングや水泳など1人で出来るものから始めたい。

—最近、感動したことは

コミッションワーク(恒久展示作品)の制作に参加した子供たちが、内覧イベントに来てくれたこと。そうやってアーツ前橋が、地域の人にとって必要な場所になっていくんだなという実感が持ててうれしかったです。

—マイブームは

植物を育てること。今、育てているのはトマトと豆です(笑)。思い通りにならないところや、時間がかかるところが面白い。そこにアートを感じますね。

—趣味は

映画と音楽。特にミヒャエル・ハネケ監督とエミール・クストリッツァ監督が好き。彼らの作品はほとんど観ていますね。2人とも映画でしかできないことをやっているところがスゴイ。音楽は今、ダフト・パンクの「ゲットラッキー」に夢中。何度聴いてもメロディーにグッとくる。ダフト・パンク、天才、最高!(笑)。

—手帳の数は

今年は4冊。スケジュール管理用とメモ用の革張り手帳のほか、黄色はアーツ前橋用、茶色は開館展用、黒色は「あいちトリエンナーレ」用といった具合に仕事やプロジェクトごとに色分けして使っています=写真。データ管理すれば良いんでしょうけど、面倒でなかなかできない(苦笑)。

—好きな日本人アーティスト

赤瀬川原平さん。その時代その時代ごとに一番ラディカルなことをやっている人だと思う。最終的には美術家でさえなくなっちゃうという自由さ、しなやかさにすごく憧れます。

 

取材後記
一般的に、館長というと「権威的」とか「近づきがたい」と感じる人も少なくないのではないか。が、住友館長はそのイメージを鮮やかに裏切ってくれる。「地域はアートで変わっていく」という強い信念を持ってはいるが、頑なさや押しつけがましいところはない。たまたま同学年ということもあり取材後はガンダム話に花が咲いた。「自らの館長像を一言で表すと何?」という問いに、しばし考え出した答えが「ふらっと館長でどうでしょう(苦笑)」 どこへでも「ふらっと」、誰に対しても「フラット」に。同世代の館長が創造するアーツ前橋に大いに期待したい。

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