映像ディレクター 中村 佳代 さん

「山手通り」をバックに笑顔の中村監督。「ゴチャゴチャっとした雑踏が好きなんですよね」=東京都の「イメージスタジオ109目黒」近くで

【CMのポップさや軽さが好き】

「よくCMの読後感と言いますが、見た人が明るく幸せな気持になってくれたらうれしいですね」

 

【数々のヒットCMを制作】

菅野美穂の大鵬薬品工業「チオビタ」、綾瀬はるかとパンダ先生のコミカルなやり取りを描いたキリン「生茶」、西島秀俊がロールケーキを頬張るローソン「プレミアムロールケーキ」、戸田菜穂と赤ちゃんが共演する三井生命保険「あなたのために生きる・親子編」—数々のヒットCMを世に送り出してきた。中でも未だに多くの人の記憶に残っているのが、NTTドコモCM「広末涼子ポケベルはじめる」(96年)だろう。当時ほとんど無名だった広末を一躍トップアイドルに押し上げた作品だ。「超ミニスカートをはいてもらったり、タコ型滑り台の上で歌ってもらったり。とにかく印象的な絵を撮りたかった。中学生だった広末さんは本当に輝いていました」

【午前様や徹夜は当たり前】

映像との出合いは中学時代。パンクが好きで、好きなバンドのPVを見るうちに音楽以上に夢中になった。日大芸術学部映画学科に進学。在学中、「広告学校」に通い商品との向かい合い方を学んだ。男女雇用機会均等法元年に就職。とはいえ女性の映像ディレクターを採用する企業は皆無で、入社までこぎつけたCM制作会社「ピラミッドフィルム」も当初は経理採用だった。入社後すぐにアシスタントディレクターとして働き始めるが、想像以上の現実が待っていた。「撮影現場に放り込まれ毎日地獄のように怒鳴られる。午前様や徹夜は当たり前。精神的にも肉体的にも追い詰められたが絶対映像ディレクターになれるという根拠のない自信だけはあった(苦笑)」
上司のカメラマン操上和美や売れっ子CMディレクター川崎徹などに師事。現場で経験を積みながら実力を身に付けていった。
CMディレクターはCMを作る監督のこと。現場はクライアントやスタッフ等で100人以上になることもあり、統率力や判断力も求められる。「クリエイティブとはとても言えない仕事が98%、そこを乗り越え残り2%でいかに面白いものを作るかが勝負。芸術と違い俗っぽく消えていくものだけど、そういうポップさや軽さが好きですね」

【出産機にフリーランスに】

出産を機に8年在籍した同社を退社、フリーの映像ディレクターとしての活動を始める。働き方は一変、当時はスケジュールは全て子供中心になった。「海外や長期ロケは無理。キャリアとして失うものは多かったが男性と同じようには出来ないし、そこは負けてもいいかなと(笑)。お陰で仕事は早くなったし企画も家事をしながら考えられるようになった」
仕事への野心や気負いはないが、映像に対する情熱は人一倍強い。自然光での撮影にこだわり、臨場感を出すためカメラは手持ち、街の雑踏など状況音も敢えて入れる。「スナップを撮るように日常を切り取るのが理想。ただ、自然っぽさから飛躍していく強さもないとリアルな面白さは生まれない。商品でも俳優でもいつものイメージを良い意味で裏切り、違った魅力や美しさを引き出すようにしている」
これまで手掛けたCMは数えきれない。とりわけ印象に残っているのが小説家の宇野千代だ。「お菓子のCMで箪笥から宇野さんが出てくるというアイデアを思い付いた。当時96歳。クライアントに無理だと言われたが、やってくれて(笑)。面白くて素敵な女性でした」

【昨秋に映画監督デビュー】

昨秋は映画監督デビューも果たす。オムニバス映画「東京オアシス」の1話目を脚本・監督した。「かもめ食堂」から続くシリーズ作で小林聡美と加瀬亮が出演。偶然知り合った男女が互いの悲しみに寄り添い、それぞれが新たな一歩を踏み出しいく姿を描いている。状況音を全て入れたり従来の小林さんのイメージにない色っぽさや不穏さを出すことで独自の世界を創造した。「色んな規制はあったが得るものも多かった。今度は丸々1本撮りたい」

【夢は地元・桐生での撮影】

最近はミュージシャンが多数出演するジャックスカードCMや広末涼子主演のポケベルCMを16年ぶりに再現したカジヒデキのPVなど音楽関係の仕事も多い。「パンクのPVから映像に入ったので、公私問わず音楽とは常に繋がっている。ミュージシャンとの仕事は刺激を受けるし本当に楽しい」
現在、三井生命保険やブックオフ、ホクトなど数社のCMがお茶の間に流れている。どれも家族の絆や夫婦の日常などをホノボノと描いている。「いつも愛を持って撮影するようにしている。よく業界内でCMの読後感と言いますが、見た人が明るく幸せな気持になってくれたらうれしいですね」
CM、PV、映画と活躍の場を広げているが、今後の夢は群馬で様々な作品を撮ること。「今年ロックバンド『忘れらんねえよ』のPVを桐生の旧北中学校で撮った。桐生はフォトジェニックな所がいっぱいあるのでもっとロケしたいです(笑)」 郷土愛あふれる映像作品が見られる日は、そう遠くないに違いない。

文:中島 美江子
写真:高山 昌典

【プロフィル】Kayo Nakamura
63年生まれ。桐生出身。画家で絵画教室を開く父親と、その補佐をする母親との間に生まれる。桐生女子高では登山部に所属。日大芸術学部卒業後、ピラミッドフィルムを経てフリーランスに。最近のCM作品は「ローソン」「三井生命」「ブックオフ」、PVは「カジヒデキ・ビーチボーイのジャームッシュ」「忘れらんねえよ・忘れらんねえよ」など多数。東京在住。

 

〜中村氏へ10の質問〜

下書きする監督もいるが私は一筆書き(笑)

—絵コンテとは 

作品の設計図。現場での方針と戦略を立てるのに欠かせないものです。ディレクターの最初の作業は絵コンテ=写真=を書くことで、これを元にカメラマンや照明、ヘアメイクなど各スタッフに指示していく。最初に絵コンテを書く段階で頭の中で完成映像が出来上がっている。下書きする監督もいるが私は一筆書き(笑)。最近特にお化けみたいな絵になってきたが、スタッフはちゃんと読みとってくれる。ありがたいですね。

—今注目している俳優やアーティストは

ロックバンド「忘れらんねえよ」のPVに出演してくれた二階堂ふみちゃん。彼女は自家発電している感じ。キラキラしていて本当に旬の女優さんだと思う。アーティストでは3ピースロックバンド「モ—モ—ルルギャバン」。うち2人が群馬出身です。音楽も良く動きも変すぎて目が離せない。カメラマンなら大橋仁と浅田政志。いつも一緒に仕事をしているが、彼らの撮る写真はスゴク面白いですね。

—好きな食べ物は

キノコ。最近、キノコを生産・販売する「ホクト」のCMを作ったのですが、キノコ愛が強すぎてクライアントから「映像にキノコが多すぎるから減らすように」って叱られたくらい(苦笑)。特にエリンギが好き。フリーペーパー「きのこの友」会員でもある。

—桐生のオススメは

永楽町にある志多美屋支店の「ソースかつ丼」。まさにソウルフードですね。あと「ひもかわうどん」も欠かせない。キノコうどんにして食べるのがオススメ。

—群馬の好きなところ

赤城山。年1回登っている。特に覚満淵が好きで必ず行く。10分も登れば素晴らしい景色なので、いつかここでロケしたい。

—家族構成は?

夫(漫画家)と長女(高3)、長男(高1)、次女(小6)の5人家族。

—長所短所は?

長所は仕事が早いとこ。短所は大ざっぱなところ。

—尊敬する人

両親。父親は画家。父のアバンギャルドに芸術する姿を見て育ち、多大な影響を受けた。母親は子どもたちが安定する道を選ぼうとすると、必ず不安定な方、挑戦や冒険を未だに勧める人です(笑)。

—今、やりたいことは

富士山麓でキノコ狩り。

—習慣は

「変化朝顔」を育てている。

 

取材後記
栗毛のマッシュルームカットとスカイブルーのワンピースが良く似合う、色白スレンダー美人である。なのに、「ワッハッハ〜」と大笑いするし、身ぶり手ぶりもダイナミック。まさに豪放磊落だ。そのギャップが、何ともおかしい。「入社も勘違いだったし、映像ディレクターも勘違いでなったようなもの(笑)」と語るが、映像への深い愛情と強い精神力がなければ監督になることも第一線で活躍し続けることも到底不可能だ。
中村さんが入社した頃、女性の映像ディレクターは珍しく、妊娠出産する人もほとんどいなかったという。仕事と家庭の両立は容易ではないだろうが、どちらも犠牲にすることなく満喫している様子が伝わってくる。発する言葉も超ポジティブ。見る人を笑顔にする作品同様、周りの人にやる気や元気を注入してくれる、何ともパワフルな女性である。

掲載内容のコピーはできません。