「この人と一緒に仕事がしたい」と 思われるような人になってほしい

前橋育英高校 硬式野球部監督
荒井 直樹

勝利を追求しすぎるあまり、指導者ばかりが目立ち、部活の中心が指導者なのか選手なのかわからないという状況が見られることがある。特に「勝利至上主義」の部活に多いが、前橋育英硬式野球部は、それとは一線を画す。

前橋育英では、部活の間に指導者が声を荒らげることも、選手たちが指導者の顔色をうかがうこともなく、野球に集中できる環境にある。ごく稀に荒井監督の雷が落ちることがあるが、それは練習中に手を抜いたり、モノを大事に扱わなかったりした時だ。

荒井監督が大切にしているのが、各選手と信頼関係を築くこと。練習グラウンドでは、冗談を交えながら、野球以外のことでも、選手たち個々に声をかけてコミュニケーションを図っている。そのことについて荒井監督は、「子どもたち一人ひとりと毎日、信頼関係を築いていく気持ちでいます。1対1で向き合うので、部員68人なら68通りの築き方があるんです。子どもたちとの会話は楽しいし、何より子どもたちの成長する姿を見られるのは楽しいですよ」と話す。

そう思えるようになったのは、2013年に夏の甲子園で優勝するまで長く結果が出ないなか、もがき苦しみながら指導者としての自らの道を切り拓くことができたからだ。

「子どもたちには、前橋育英で野球をやってよかったな、この仲間で野球ができてよかったなって思ってほしいんです。日本高野連に加盟している高校は全国で約4000校。その中で同じ時代に、前橋育英で野球をするのは奇跡じゃないですか。だから僕は、『モノとヒトは大事にしよう』と選手たちにいつも言うんです」と、自分の子どものように選手たちに接している。

もう一つ、荒井監督が大切にしているのが人間教育。

「僕は、子どもたちが社会人になったときに、この人と一緒に仕事がしたいと思われるような人になってほしいんです。いくら頭がよくて仕事ができても、人間性が悪かったら社会から相手にされなくなりますから。『勝負事は、少々ヤンチャぐらいがいい』と言う人もいますが、僕は、それは違うと思いますね」

「たまたま、子どもたちよりより40年早く生まれただけ」と偉ぶることがない荒井監督の姿勢は、選手たちにも引き継がれ、チームの一体感を育む土台になっている。これまで夏の甲子園に6度、センバツに2度導いた秘訣は、野球の技術だけでなく、人間力の育成にも取り組んだ結果なのかもしれない。     (星野志保)

今年度の前橋育英野球部3年生。荒井監督(上段右から2人目)の教えを胸に、次のステージへそれぞれが進む=6月、同校グラウンドにて

あらい・なおき

1964年8月16日生まれ、神奈川県出身。日大藤沢高校から社会人野球のいすゞ自動車で13年間プレー。引退後は母校の日大藤沢高校で3年間監督を務めた後、99年に前橋育英高校のコーチとなり、2002年に同校監督に就任。13年夏には、2年生エースの髙橋光成(西武)を擁して全国大会初出場初優勝を成し遂げた。前橋育英の監督に就任してから20年の間に、夏に6度、春に2度、チームを甲子園に導いている。

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