江戸小紋師
菊池 宏美 さん (55)
縞(しま)や霰(あられ)、鮫(さめ)模様など、かつて武士の裃に使われた型染め「江戸小紋」。とても細かく精緻で魅力的だ。昔ながらの伊勢型紙の紋様をベースに、創造性あふれる新しい江戸小紋を生み出す染め師、菊池宏美さん(55)。伊勢崎市に工房「よし菊」を構え、コロナ禍を乗り越えて伝統の染めに取り組んでいる。
菊池さんは伊勢崎女子高(現在の伊勢崎清明高)から、早稲田大学に進学し、SONY(東京都)に入社。仕事に、やりがいを感じてはいたが、目まぐるしく発展していく技術より、「時代を越えて残るものに取り組みたい」と感じる。その矢先、偶然に前を通った呉服店「創作きもの にしお」(前橋市)で江戸小紋の第一人者であり、後の師匠、故・藍田正雄氏(1940~2017、高崎市)の着物に出合い心をつかまれる。思い切って29歳で退職し、あこがれの伝統工芸の世界へ入ったのだ。
元々、父母は伊勢崎に拠点を置いた呉服業、祖父母は機織りの家系に育つ。両親は喜び繊維の歴史や業界の話などを話すなど、全面的に応援に回ってくれたという。
藍田師匠から染めを習い、10年ほど経ったとき、「お前はひとりでやってみるか」と師匠から独立を勧められる。工房の建設などを先頭に立って整備し、「失敗してもおれは悔しくないから、好きなようにやれ」と後押しをしてくれた父親の久さん(故人)により、伊勢崎の地で2011年に独立。その後は、染めはもちろん良質の型紙を探し歩いたり、取引先を見つけたり、誠心誠意を込めて江戸小紋に打ち込んだ。その結果、東日本工芸展で最高賞の東京都知事賞を受賞。国内トップクラスの呉服店に江戸小紋を提供することもできた。
だが、菊池さんは、師匠から教わった「伝統は常に新しいものに挑戦をしないといけない」との言葉を胸に、果敢に挑む。現在では、従来の江戸小紋に新たな「中柄」という大きく華やかな柄を組み合わせた独自の染めで、世界を広げている。例えば、「型合わせ着尺『牡丹に大小霰』」の作品では、色を抑えた背景となる江戸小紋が、雨にも霞にも感じられ、創造性あふれる新しい着物に。今年6月には、NHKBSの番組「美の壺」にも出演するなど活躍は続く。「完璧がないので、面白さがあります。今後も、お客さまが着たいおしゃれなものを江戸小紋で作りたい」と意欲を見せる。※菊池さんの江戸小紋は、前橋の「創作きもの にしお」などで購入できる。 (谷 桂)